Vamos福島
何も変わっては・・・それでも・・・!!
本日、早朝6時半に家(白河市)を出て、南相馬市に向かった。

目的は、もちろん、『21世紀の福島を担う子供たちの心と体の復興支援活動』での幼稚園訪問。

昨年の11月末依頼の訪問で、実に半年ぶりであった。


半年ぶりに再会する子供たちは・・・・・・


昨年度まで年長さんだった子供たちは、この春に園を巣立ち小学校に入学してしまったのだが、年中さんだった子供たちが年長さんとなり、再会の時を大いに喜びあった。


ほんのちょっぴり体も心も成長した子供たちとの活動時間は、片道3時間の移動時間の疲れなどどこへやら!と思わせてくれるほど、それはそれは至福の時であった。おかげで、今でも体中のあちこちが痛~い!(苦笑)


また、初めての年中児さんたちとの活動もそれはそれはとっても楽しくて・・・・・・


「クラスがひとつあがると、ぼくたちわたしたちも、えんちゃん・こまっちゃんと遊べるんだよねと、この子たちは、ずっと楽しみにしていたんですよ!」


活動前の先生のその一言に、俄然燃えたぎるものを感じ、その結果・・・・あちこちが!!・・・(大苦笑)


2時間近くの活動も、あっと言う間に終了。


「また来てね~!!」の声声声・・・・に見送られ、「また来るよ~!!」といつまでもいつまでも手を振る、えんちゃん・こまっちゃんでした! チャンチャン♪♪(笑)



以前のブログでも記載したことがあったのですが、この南相馬市のA幼稚園は、震災前は、250名強の園児が通う市内でも屈指のマンモス幼稚園だったのですが、震災後は、ほぼ全ての園児が避難等々でいなくなり、1年後ようやく50人ほどの子供たちが戻ってきて、(その年からこの復興支援活動でこの園を訪問するようになり)、2年後の今年度は、倍の100名の園児が集う園になったそうです。


「それでもまだ以前の半分にも満たないんですよね。」とは、園長先生の言葉。


とは言っても、確実に震災直後から2年が過ぎ復興の兆しが・・・・・・・・



けれど、園児の変化とは対照的に、問題もあるようで・・・・・


「子供たちは増えては来てるのですが、先生(職員)の数が増えないのです。いろんな大学などに声を掛け新任の先生を雇用しようとしているのですが、この地の先生になろう!と言う者は皆無で、それが現在非常に頭の痛いところです。どなたかお知り合いの方でここに来てくれそうな先生はいませんかね・・・・」


今日の活動をしたクラスの先生の中で、2人の先生が体調を崩していて、本来ならば休暇をとって・・・と言う状態ながら、休むと代わりの先生がいないと言うことで、無理をして出勤して来てると言うことで・・・・・



見た目には復興しつつあるように見える現状も、実は根幹では何も変わっていないようで・・・・・・・





南相馬市に向かう間に通る飯舘村。震災以降、原発事故の影響により警戒区域に指定され、全村避難。村は、まさに『もぬけの殻』状態。


久しぶりに目にする村の様子は一体・・・・・・・村人たちの姿が目にできるのでは、と淡い期待で車中から何度も何度も見渡しでみたのだが・・・・・・・・


相変わらず、村内の家々は、カーテンが閉め切られたまま。もちろん、たくさんあるお店もシャッターが下ろされたまま・・・・・・・


変わったと言えば、村内を除染する作業員があちらこちらに見受けられたこと。


しかし、この村全てを除染するのに、果たしてどれぐらいの年月を要するのだろうかと、そんな人たちの姿を見ているだけで途方もない気持ちに陥り・・・・・・



何もしなければ変わらない! そうです、その通りです。けれど、あの村の現状を目の当たりにすると、なんだかそんな前向きな言葉も、心から、そうだ!その通りだ!と言えなくなり・・・・・・・




3.11東日本大震災から、2年2ヶ月強、同じ福島県内に居住しながら、何不自由なく!?毎日を暮らしている自分と、今日目にしたこと、耳にしたことのギャップがあまりにも大きくそしてかけ離れていて・・・・・







いろんな思いを秘めながら、それでも今を懸命に生きている人たちに、いつぞやも贈ったこの歌を再度送り届けたいと思います。


みんな、がんばっていこうぜ~!!!   こんなありきたりなことしか今の自分には言えないし、ほんの些細な手助けしかできないけれど、こんな積み重ねで、少しでもたくさんの人たちに笑顔と勇気を届けられたら・・・・心の底からそう思っています。


VAMOS福島!! がんばろう福島!!  がんばろう東北!!  がんばろうみんな!!


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