Vamos福島
ご卒業おめでとうございます!
「宣誓  東日本日本大震災から1年  日本は復興の真っ最中です。被災をされた方々の中には苦しくて、心の整理がつかず、今も当時のことや、亡くなられた方を忘れられず、悲しみに暮れている方がたくさんいます。人は誰でも、答えのない悲しみを受け入れることは苦しくて辛いことです。しかし、日本がひとつになり、その苦難を乗り越えることができれば、その先に必ず大きな幸せが待っていることを信じています。だからこそ日本中に届けます。感動、勇気、そして笑顔を。見せましょう 日本の底力、絆を。われわれ高校球児ができること。それは全力で戦い抜き、最後まで諦めないことです。今野球ができることに感謝し、全身全霊で正々堂々プレーすることを誓います!」

 この言葉は、昨日から甲子園球場で始まった選抜高校野球大会の開会式で、選手宣誓を行った石巻工業高校(21世紀枠で初出場)の阿部翔人主将の選手宣誓の全文である。

 残念ながら石巻工業高校は、本日行われた試合で5対9で敗戦してしまったが、その戦いぶりは、被災地に感動と勇気を確実にもたらした!と評される戦いぶりであった。


『スポーツの及ぼす力=スポーツ力』の素晴らしさを改めて感じた次第で・・・・・



 ところで、昨日、南相馬市にある幼稚園(2箇所)を訪問してきた。


 行きは、2時間半弱、帰りは、高速道路の災害復旧(地震で壊れた道路等の修復工事)にはまり4時間半の移動であった。(高速道路の一区間<上りの二本松-本宮間>を抜けるのに、なんと2時間! 平日昼間の高速道路利用には要注意!!<苦笑>)


 南相馬市の市街地は、見た目には震災の影響を感じることはできなかったが(海沿いには行かなかったので)、最初に訪問した幼稚園では、震災前は250名いた園児が、今では60名までに激減してしまったとのこと。もちろん、190名の子供たちはどこに行ったのかというと、南相馬市を後にし県内外のあちこちに避難しているのである。

「今、南相馬市内では、子供やお母さんはあまり見かけません。見るのはお年寄りがほとんどで・・・」とは、今回の訪問の対応して下さったM先生の談。

「我が家も、子供3人と母は会津に避難していて、私と旦那だけがここに残っています。そのため、週末は会津に通うそんな暮らしをしています。いつまでこんな生活が続くのか・・・」M先生の言葉が今こうしていても頭の中を駆け巡っており・・・・


南相馬市の放射線値は、実は、ここ白河よりグッと低く、訪問した幼稚園園庭に設置された放射線測定器の値は0.16ミリマイクロシーベルト。それなのに、たくさんの人達が他地域へ避難している。やはり、南相馬市のほとんどが原発から30㎞圏内になっていることが多大なる影響を与えているようである。


それでも、訪問した二つの幼稚園では、子供たちのにぎやかな声が園内にこだましていた。

「わざわざこんな遠くまで来て頂けるなんて・・・・・」

大変恐縮されたのだが、それは逆のことで、我々の活動を受け入れて頂いたことに感謝感謝の気持ちでいっぱいで・・・・・


 放射線値は低いのだが、屋内活動を余儀なくされており、体育遊びは全て園内ホールで行うことになったが、あの子供たちのために、こまっちゃんとえんちゃんで力を合わせて、充実した心と体の復興支援活動を展開していきたいと思っている。


(福島市まで行って、川俣・飯舘を抜けて南相馬市に行く最短のルートを通って行ったのだが、南相馬市の低い放射線値に反して、ルート途中の飯舘牛で有名な飯舘村の放射線値は驚くべき値を叩きだしており、車内で計測しても、1ミリマイクロシーベルトの値を計測器は簡単に超えてしまい・・・ 村内の店という店は全てシャッターが降りている状態で、郵便局まで封鎖されており、目にする家のほとんどがカーテンが閉め切ってあり・・・)





 最後になりますが、明日、福島県内のほとんどの公立小学校の卒業式が行われる。昨年の今頃は震災の影響で、ほとんどの学校の卒業式が中止又は延期になり・・・・・・


 明日卒業式を迎える子供たちに、この歌を贈ります。そしてこの言葉を・・・・・

「卒業おめでとう! ここ福島は、まだまだ大変な状況ですが、『大変』とは『大きく変わる』と言うこと。明るい福島が一日も早く蘇り、みんなの未来が輝かしいものになることを心から念じています! 卒業おめでとう!」

http://www.youtube.com/watch?v=KnjxtkgrFh4
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