Vamos福島
あれから1週間
 今週末、ホワイトリバーFCの3~4年生は、栃木県へ。5~6年生は、群馬県と千葉県へ。Vamos福島ジュニアユースは、茨城県へ。

 我がVAMOS福島スポーツクラブの子供たちのために、放射能の影響を受けずに屋外でサッカーができる環境を提供して下さった各大会の主催者の方々へこの場を借りて心より御礼申し上げます。ありがとうございました。

 
「スーパー疲れましたが、めちゃ頑張りました! 子供たちは、プレー面でもハートの面でも間違いなくひとまわり強くなったと思います。」とは、3~4年生を引率した健太郎コーチからのメールの言葉。

「どうなることかと思ったけれど、子供たちすごく頑張っていて、けっこういい試合ができました!」とは、群馬県へ5~6年生を引率した本間コーチからの電話での言葉。


 子供たちのみんな、2日間お疲れさま! この2日間で培った力を今後の糧にぜひともして下さい! いや、しなければいけません!!

 
 本間コーチ、健太郎コーチ、貴重な休日にも関わらず、子供たちのために時間を費やして頂き、ありがとうございました。おかげで、子供たちは今後につながる大切な時間を過ごすことができたと思います。今後も、サッカー大好きっ子たちのために何かとお世話になりますが、どうぞよろしくお願いします!


2泊3日で茨城遠征を明日まで行っているジュニアユースのみんな、高校生チームをはじめ、格上との対戦は、必ずや明日への自分の力になる!そう確信しています。とにかく五体満足無事に帰ってきて下さい。(苦笑)体調不良の中、今回の引率を行っている小松コーチ、ファイトです!! 
 
 

 私は、千葉県の大会に出場した5~6年生16名を引率し宿泊を伴い参加してきました。
  
「ホワイトリバーの子供たちに、外で思いっきりサッカーをさせてあげて下さい!」親交のある千葉の超有名なチームのS氏からお誘いを頂き参加した千葉市内の伝統ある大会。

 この2日間、どう言葉で言い表して良いか分からないぐらい、たくさんたくさんの方々に大変大変×10000000お世話になりました。ありがとうございました!の一言では片付ける!?ことができないほど、本当に本当にお世話になりました。

 大会主催者の方々から、この2日間で何度となくそれはそれは心温まるお言葉を掛けて頂きました。対戦チームの指導者や保護者の方々からも、子供たちのがんばりにたくさんの賛辞を頂きました。(本日最終戦で対戦したチームのある保護者の方は、帰り際バスに乗り込んできて、「君たちのサッカーは本当にすばらしかったよ!福島に帰ってもがんばるんだぞ!」と、目に涙を浮かべて子供たちに言葉を掛けてくれました。その姿を見ていて、感動でいっぱいになりました。)

 そして、何と言っても、今大会に我がクラブが参加するにあたって、今まで全く面識もなかった我がクラブの子供たちのために、宿泊の手配から、食事のお世話、そして、楽しい時間を過ごしてほしいと交流会まで開催して下さった、千葉県千葉市美浜区で活動する高浜アローズのスタッフの方々、保護者の方々、そして子供たちには、それこそ何とお礼を述べて良いか分からないほどの手厚いもてなしを受けました。

 精一杯の思いを込めて御礼を申したいと思います。ありがとうございました!


 このご恩は、福島で!! 本来ならそう言いたいところですが、今の現状ではそれは叶いません。

 しかし、いつの日かそんな日がくることを信じて、その時が来るのを待ちたいと思います。

「夏休みの良い思い出ができました!」

 交流会後に、我がクラブを代表してそう語ってくれた6年生E君の言葉が全てをものがたっていました。


今回のもてなしだけでなく、震災以降、サッカーを通して我がクラブの子供たちは、日本全国のたくさんの方々の善意を思う存分肌で感じる経験を積んでいます。逆境の中で暮らすことを余儀なくされている日々ですが、これから何十年か後に、大人になり、そして平和な福島が戻ってるであろうその時が来たときに、今受けているたくさんの善意を思い出してほしい、心からそう願っています。そして、将来、いや、今からでもすぐに、自分たちの周りに困っている人たちがいたら、しっかりと愛の手を差し伸べられるそんな人間になってほしいと心の底からそう願ってやみません。



 親父の葬儀から1週間。


 土曜日に千葉に向けバスを運転している途中、ふと、「今から1週間前のこの時間、親父を家から送り出していたんだなあ。」そんなことを考えました。

 試合中も、グランドを懸命に走る子供たちを見ながら、「今頃は、葬儀の時間だったなあ。」「今頃は・・・」



 私が小さい頃から夢だった小学校の教員になった時、誰よりも喜んでくれた親父。
 

 私が小学校の教員を辞する時、誰よりも落胆した親父。(そうなることが分かっていたので、親父だけには、最後の最後まで辞めることを告げられず、新聞に教員人事が公表される朝に話をしました。その時に、「なんでだ!」と言って男泣きされたことをつい昨日のことのように思い出します。)


 公務員を辞めて生活していけるのか、誰よりも気に掛けてくれていた親父。

 
 けれど、サッカーを通して子供たちに関わっていく仕事のすばらしさを、最終的には、誰よりも理解し同調してくれた私のこの世でたった一人の父。



 2日間の遠征を終え、親父の遺影を前にし、「子供たちと2日間がんばってきたよ!」そう報告しました。

 
 その傍らには、まだ現実を受け止め切れていない母親の姿。






 あれから1週間。21世紀を担う未来ある子供たちのために、微力ではあるが、自分ができることを精一杯やっていこう………(熱い熱い思いに包まれたスタッフの方々と共に)



 今はただただただただその思いでいっぱいです。 
 

 

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