Vamos福島
生きているということ -2010バージョン-
生きているということ  いま生きているということ  それは学べるということ 
自分の好きなことができるということ  仲間と話をするということ  互いに競い合うということ
互いに汗を流すということ  明日の出会いを  楽しみにするということ

生きているということ  いま生きているということ  目標を見つけること
それに向かって突き進むということ  喜ぶということ  悔しがるということ
何か決めたことをやり抜くということ

生きているということ  いま生きているということ  迷うということ  悩むということ
わからなくなるということ  嫌になるということ  真の自分と向き合うということ

生きているということ  いま生きているということ  喜びと悲しみが交互にやってくること
つらい試練に耐えること  友達と楽しい時を過ごすこと  逆境に立ち向かうこと
戻らない時間ということ  明るい未来を探すということ

生きているということ  いま生きているということ  君と出会うということ
いまここに君がいるということ  ともに笑えるということ  ともに悩めるということ
ともにがんばれるということ  君にありがとうと言えること



今から13年前の平成9年6月18日、かけがえのない友人が自らの命を絶ちこの世からいなくなった。その訃報を聞かされたのが、夜の10:00頃だった。「○○が死んじゃったよ・・・」今にも消えてなくなってしまいそうな声が電話口から聞こえてきた。訃報を伝える友人の○○からの電話だった。その時、那須に宿泊を伴った研修に出ていたため、暗闇に包まれた山道を分けのわからない状態になりながら、車を飛ばして走ったことをつい昨日のように思い出す。○○の自宅に行くと、既に彼の顔には白い布が被されていた。言葉が出なかった。放心状態でたたずむ両親にかける言葉も見つからなかった。ただただ、涙が頬をつたうばかりだった・・・


あれから13年の年月が過ぎようとしている。当時32歳だった俺も、もう45歳。「生きているということ」って何?本気でそんなことを考える歳になったような気がする。若き日には、空気のようにただ漠然と流れていた時間も、ここ最近は、一日一日をものすごく大切に感じるようになった。○○が生きていたら、今の俺のこの生き様をどう思ってくれるのだろうか・・・・・ 

○○と20才の頃、伊豆に男同士二人だけの旅をしたことを、今でも鮮明に覚えている。

中学生の頃、遊びたくて二人で仮病を使って早退し、家の玄関の鍵があいていなくて、戸締まりし忘れていたトイレの小窓から空き巣のように進入したことを、今でも鮮明に覚えている。

俺がまだ大学生で、○○は既に社会人で二人とも東京にいて、○○の初給料で、生まれて初めてのふぐ料理をごちそうになったことを、今でも鮮明に覚えている。その後、「今日はフルコースだ!」と言って、○○○に連れて言ってくれたことも鮮明に鮮明に覚えている。

中学生の頃、転校生だった俺が、目つきが悪い!と、たちの悪い連中に絡まれそうになった時、「俺の友達だから許してやってくれ。」と○○が即座に止めに入ってくれたことを、今でも鮮明に覚えている。(俺は転校生で、○○とは別々の高校に行ったから、実質は中学3年生の1年間しか一緒に過ごさなかったのに、なんでこんなに深い絆を感じるんだろうか・・・)

野球部の友達は、みんな足の速い連中ばかりで、陸上大会にかり出され、足の遅い俺と○○だけは取り残され、放課後、野球部の練習に行ったとき、「おもしろくねえから俺帰る!」といってふてくされていた○○の姿を、今でも鮮明に覚えている。

高校生の時、店屋をやっていた○○の家に友達数人で泊まりに行き、夜中に、店の売り物のアイスをたらふく食べて、翌朝、○○のお母さんに叩き起こされ、めちゃくちゃ怒られたことを、今でも鮮明に覚えている。

高校1年生の時、後輩の中体連を応援しに行き、負けてがっかりした後輩のために、二人で最高の残念会を開いてやったことを今でも覚えている。その時のエピソードはきっと一生忘れない。

高校生の時、○○が市内のスーパーでとうもろこし焼きのバイトをやっていて、「俺、とうもろこし焼くの上手いんだぞ!」と言って、友達Yの家に行き、Yのお母さんが冬用にと冷凍庫にラップをして保存していたとうもろこしを片っ端から焼きまくってふるまってくれたこと、そして、当然、Yのお母さんにみんなで大目玉を食らったことを今でも鮮明に覚えている。

社会人になり東京に行き、○○が腰痛!?で都内の病院に入院した時、Yと一緒にお見舞いに行き、Yが、「今、俺お金ないから、○○のもらったお見舞い金から少しお金貸して!」と言って、○○が身動きができないことをいいことに少々のお金を拝借したことを今でも鮮明に覚えている。(笑い話で済まない気がするけど、俺たちの中では、酒を飲むたびにこの話は最高の酒の肴になっているんだよね。と言うか、ここに書いてある全てのエピソードがそうなんだけどね。)

○○が死んだ後、命日には毎年○○の家にみんなで集まり、親父さんとお袋さんを囲んで思い出話をしながらとむらいの酒を呑んでいたことを、今でももちろん鮮明に覚えている。

そして、○○を追うように、君がいなくなってから4年後にお袋さん、そして、その4年後に親父さんが次々と○○のいる天国へ旅立っていったことも、もちろんもちろん鮮明に覚えている。


本日夜、君の冥福を祈って、君の大好きだった友達が集まりみんなで君の弔いをします。(俺は会議があるため遅れて参加する予定です。)今を懸命に生きている友の宴に、天国からぜひとも参加して下さい・・・ そして、君の大好きだった、松山千春の「大空と大地の中で」を一緒に熱唱して下さい!!!


生きているということ、それは、このブログを誠心誠意書き綴るということ・・・・・(昨年のブログに俺の君に対する思いのありったけを綴ったので、今年もそのブログを記載<少し訂正して。2010バージョンとして記載。>することにしました。)


生きているということ、それは、君の墓前に向かって合掌すること・・・・・(本日午前中、お墓の前に行き○○に話をしに行きました。分かったかな? 大好きなビール、2本しか持っていかなかったけど、思いっきり飲んで下さい!)


生きているということ、それは、輝かしい未来に向かって歩む子ども達に全身全霊をかたむけて接すること・・・・・(俺が今生きている証は、それだけなんです・・・)


「○○、明日、郡山市西部サッカー場で俺と俺の大好きな子ども達が、夢に向かってがむしゃらにがんばります。どんな結果になるか分からないけど、とにかくがんばるから、ほんの少し力を貸して下さい!!! そして、懸命に生きる姿を見守っていて下さい!!!」
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