Vamos福島
「やる気」って?
 「子供を見ていると全然やる気が感じられないので、サッカーを辞めさせたいと思います。」
先日、ある保護者の方から突然の申し出があった。私は、「そうですか。わかりました。」と即座に受諾した。我がクラブのコンセプトは、『来る者拒まず、去る者追わず』だからである。しかし、「やる気」って一体誰がどんな風に決めるのでしょうか。子供?親?指導者?

 この申し出があってから、私は、9月5日に講演会を行って頂く、JEF市原千葉の池上氏の著書『サッカーで子どもをぐんぐん伸ばす11の魔法』を再読することにした。これで、3回目の読破になった。
その著書の中に、こんな項目があった。

【親の期待を伝えすぎると子どもはつぶれます】(P126~128抜粋)
 ある日、練習試合をしていました。相手はけっこう強いチームで前半リードされていましたが、それなにりみんながんばって戦っていました。ハーフタイムになったらひとりのお母さんがベンチに走ってきました。すごく硬い表情で、こう言いました。「うちの子どもがこんなにできないなんて、思ってもみませんでした。もう今、連れて帰ります。今日でやめさせますから」私は驚きました。子どもは母親に手を引っ張られながら、泣きじゃくっています。私がなんとかお母さんを説得しようとしましたが、どうにもなりません。嫌がる子どもを連れて本当に帰ってしまいました。(省略)このお母さんのように、親が思うほど子どもができない場面を見ると、いたたまれなくなって感情が噴き出してしまう方は少なくないようです。親が子どもに罵声を浴びせたりと、そんな場面が多々あります。(省略)子どもをやめさせてしまったお母さんには、きっと夢があったのだと思います。わが子をこうしたい、こうなってほしいという夢があった。その夢に向かう途中で、息子が自分の思い描いた姿になっていなかったのでしょう。
 親が夢を託しすぎると、子どもはつぶれてしまうことがあります。千葉大の徳山先生は、「親子共倒れ」という表現を使います。「今の親は子どもと共倒れする」と。子どもの夢に、親も乗っかっている。そうすると、挫折した時、子どもは重い大人に乗られて進む道を指図されてきたため、今度は自分の意志で立ち上がれません。しかも、わが子の夢が崩れた時に、自分も夢がなくなってしまって落ち込む親もいます。いわゆる、親子共倒れです。(省略)
 親子共倒れを防ぐために、「過度な期待はいけませんよ」という話をよくします。そうすると、「自分の子どもに期待して何が悪いんですか!」とおっしゃる方がいらっしゃるかもしれません。期待するのが悪いのではなく、その期待を子どもに、「伝え過ぎる」ことがいけないのだと思います。
 例えば、親の夢として「サッカー選手になれたらいいよね」と子どもに言った時、その言葉がわが子にとってどれぐらいのプレッシャーになるのか。あるいは励みになるのか。プラスになるのか、マイナスになるのか。その部分は、親子だからこそ見抜かなければいけません。そのあたりを見抜けないままプレッシャーを与えすぎ、結果的に子どもがつぶれてしまうケースは少なくありません。

この内容を読んで、皆さんは、どんなことを感じるでしょうか?やる気って一体誰が決めるのでしょうね・・・

この著書の中には、こんな内容の話も記載されていました。
【「サッカーを楽しむ心」を育てよう】(P48~51の抜粋)
「サッカーは人生の縮図のようなものだ。人生のいろいろなことが学べる。サッカーでも子どもは育てることができる」
 日本代表の監督を務めたオシムさんはそう言っています。
 あなたはサッカーで子どもの何を育てますか?子どもの何を育てたいですか?体力でしょうか。根性でしょうか。仲間意識でしょうか。私は、小学生年代は「サッカーを楽しむ心」というところにつなげてほしいと願います。

【負けず嫌いな子ほど異年齢で成長する】(P183~186抜粋)
 縦割りの異年齢の関係を築くことで、賢くて、やさしくて、強い子どもが育つのだと考えます。
 私たちが、何のために子どもにサッカーを教えているのか。
 お父さんやお母さんが、何のために子どもにサッカーをさせているのか。
 突然尋ねられると、漠然としていて誰もが答えに窮するテーマですが、その目的はここに集約されているといっても過言ではありません。
 他者を信頼し、思いやることのできる子ども。
 賢くて、やさしくて、強い子ども。
 少なくても、私はそれを目指して子どもに接していきたいと思うのです。

 
 そして、【サッカーで子どもをぐんぐん伸ばす11の魔法の6番目『自立させる』】(P160~173)の中には、こんな胸が熱くなるお話が紹介されていました。P172~173を省略せずに記載します。

 私の長女はすでに社会人になりましたが、小学4年生からサッカーを始めました。中学生の時、身長が160センチを超えました。これはチャンスかも知れないと思いました。
 「おまえ、真剣にサッカーやらへんか?」と言いました。なぜかというと、女子で160センチもあって真剣にやり始めたら、ワールドカップへ行けると思ったからです。男子は簡単ではないですが(笑)、まだ競技人口の少ない女子は体格がよくて運動能力があればかなり可能性はふくらみます。
 ですが、小学校の時代には言いませんでした。なぜかというと、自分でそんなことは決められない年齢だからです。親に言われたら、そう思ってしまう年齢ですよね。親に何かやりなさいと言われたら、「ハーイ」と言いますから。自分で考えて決めずに親が決めた道に進んでしまったら、その先で一番困るのは実は親です。ずーっとサポートしなくてはいけませんから。今の文部科学省がいうところの「生きる力を育てる」ということに反しています。少しずつ自立して自分で生きなければなりません。私は、娘の自立のポイントはここかなと思ったので中学生になった時に尋ねてみたのですが、「そんなん、やりとないわ」と言われました。「私は楽しむサッカーでいい」と言い切りました。私はそれ以上、追求しませんでした。「ああ、そう。じゃいいよ。楽しんでね。」と言いました。

 これは手前味噌になりますが、その娘は鉄道会社に就職しました。入社式の前日、早起きして出かけました。あとで知ったのですが、大阪で数年前に悲惨な鉄道事故があった現場に手を合わせて来たということでした。翌日、入社式に出たそうです。誰に促されたわけでもなく、自分の中からあふれた思いに従って手を合わせに行ったのです。
 私もみなさんと同じように親として悩みながら、紆余曲折を味わいながら子育てをしてきました。妻にその話を聞いた時、「巣立っていったな」と胸が熱くなりました。



「サッカーは子どもを育てることができる」オシム監督が言ったことって、こんな娘さんが育つことなのかも知れません・・・私は、このお話を読んで、目頭が熱くなるのを押さえることができませんでした。


 やる気がないように見えても、子どもがサッカーが大好きなら、友達と一緒にサッカーボールを追いかけるのが好きなら・・・・・・それが「やる気」そのものなのではないのでしょうか。サッカーのすばらしさを、サッカーで子どもが育つ大切さを、サッカーで・・・・そう思えば、焦らず、じっくり、他者と比較することなくわが子の日々の成長を、温かいまなざしで見守ってあげるのが親の大切な大切な役目だと思うのですが、いかがでしょうか。(今日のスクールでも、それはそれは楽しそうにサッカーボールと戯れ、得点をとるたびに友達と手をとりあって満面の笑みをたたえて歓声をあげていましたよ、○○君は・・・・)


☆私が、池上氏の著書にどれほど心から感銘し、池上氏をどうしてもここ福島に招聘し、皆様にお話をぜひともお聞きしてほしいと思ったのか、今日の著書の抜粋をお読みになり少しでも感じて頂けたら幸いです。必ずや、心を揺さぶる!?すばらしいお話が聞けること間違いなし!!!そう確信しています。ただ今、受講者約35名。参加費をたくさん集めたくて何度も参加を促している訳では全くありません。講演会に参加した方々が、必ずやこれからの人生にとって大いなる示唆を得ることができる!!!本気でそう思っているからです。そして、そんな示唆を得た方に育てられ、見守られながら成長する子供達の未来は、どれほど輝かしいものになるか・・・・だから、どうしても、たくさんの方にお話を聞いてほしい、心の底からそう願っているだけなのです。ただ、それだけなのです・・・・・
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