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Vamos福島
今の自分が在るのは…… ~恩人の一人~
今週クラブの平日活動は休止と言いながら、昨日から再開! 何故かと言いますと・・・・・ ブログ愛読者の方のみにネタばらし!苦笑 と言いますか、皆さんお分かりだったようですが・・・・・・苦苦笑

娘が静岡県選手団として出場する福井県での国体に駆けつけたわけでありまして・・・・・・・笑

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優勝候補と目されていた静岡県女子サッカーチームでしたが、よもやの1回戦で・・・・・・・・涙

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静岡三羽烏!?と称されていたこの3人も試合後は・・・・・・・・・涙涙

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しかし、しょげていても仕方がない!前を向かなければ! そう言いながら奮い立ち!?笑顔で・・・・・・・・泣笑

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そんな娘に仲間に、宿舎に戻りせっせせっせと段ボールボード!?に言葉をしたため・・・・・・・・・泣泣笑 

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「負けるってのは本当に悔しい!」 「これから強く上手くなるために頑張る!」etc

娘からの言葉にウルウルウルウル・・・・・・・・・  負けてこそ気づくことがある! このほろ苦い経験を今後の大いなる糧に!


と言うわけで、4日間福井県に滞在する予定が2日間のみの滞在となり、ですので、平日活動を昨日より再開した!そう言うわけです。

そんなことでクラブの活動を・・・・・・・  ご批判等々様々あること必至ですが・・・・・・  クラブに託された子供たちの『今』も大事!でも、我が子の『今』も大事! これからもこのスタンスは踏襲させて頂きます。

そんなクラブで宜しければこれからも・・・・・・・・・・・・     






今夏、ある方より訃報とお知らせが届きました。 

「前島先生が7月末に亡くなりました。故人を偲んで追悼集を作成します。前島先生に所縁のある方から手記をお寄せ頂きたいと思います。」

その追悼集が昨日届きました。

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前島先生???  説明に代えて、私がこの追悼集に寄せた手記を原文そのままに記載します。長い長いものとなります。

ブログ愛読者以外のお方、と言うより、私に興味のない方は立ち入り厳禁で願います。


『前島先生の訃報に接し謹んでお悔やみ申し上げます。と共に、今回故前島先生を偲び、追悼集と言う形で故人にこのような形で感謝の意を述べる機会をお与え頂きました豊歳先生に心より感謝申し上げます。

私が前島先生にお会いしたのは、時代が平成になる前の昭和最後の年でした。立教大学文学部初等教育専攻の学生であった時に、教育実習生として江戸川区大杉東小学校に約1ヶ月赴任させて頂き、その時の担当教官だったのが当時6年生を担任していた前島先生でした。

あれから30年が過ぎ、その時の記憶はおぼろげなのですが、それでも脳裏に焼き付いていることは多々あります。その中で最たるものは、前島先生が発行していた『らくがき』と言う学級通信でした。翌年先生のご指導のおかげもあり、私は福島県の小学校教諭になったのですが、採用されて以降、担任するクラスのほとんど全ての学級通信の名を、『らくがき』とさせて頂いておりました。もちろん、前島先生の許可も得ずに・・・・・・ ですので、この場を借りて先生にお詫び申し上げます。

また、教育実習の最後の日に授業をさせて頂いた際、当時クラスに知的障害のお子さんがおり、「遠藤君、あの子を45分間集中させられたら合格をあげるよ!」と言われ、緊張よりも決死の覚悟で教壇に立ったのですが、その子はものの数分と経たないうちに、机に突っ伏して寝てしまいました。その時、教室の後ろに立っていた先生の顔が、「まだまだだな!」そう言わんとしていたことが今こうしていても鮮やかに蘇って来ます。

また、学校が終わり、駅名は忘れてしまいましたが、駅前の居酒屋に何度も連れて行って頂き、たくさんのお話をして頂いたことを記憶しています。(豊歳先生も一緒だった記憶が・・・・)

また、私が福島県の教員採用試験に合格し報告に行った際、「保守的な福島県が遠藤君を採用するとは変わったな!」と前島先生はじめ当時の大杉東小学校の先生方から言われ、嬉しいやら・・・・やら、何とも言えない気分になったことを思い出します。

私は現在、平成20年に教職を辞し、VAMOS福島スポーツクラブと言う団体を組織し運営しています。学校は授業や学校生活等々を通して子供たちに関わることができる。しかし、違った形でも子供たちに関わることができるのでは・・・・・その思いを日々実現するべく邁進し今年で10年となります。

はっきり言えることは、教職の道とは違えども、前島先生にご指導頂いたあの1ヶ月間の時間が、この道でも生かされている!そう確信を持って言いきれます。

あれから30年、1度もお会いできないまま、このような形での再会となってしまったこと、悔やんでも悔やみきれませんが、先生のご指導は、ここ福島でも確かに生きている! 今までもこれからも! そのことをぜひともお伝えさせて頂きます。

拙い文面になってしまい、「まだまだだな!」 そんな先生の表情が目に浮かびますが、福島の地より謹んでお悔やみ申し上げますと共に、ごゆっくりおやすみ頂きますよう祈念申し上げます。

先生、ありがとうございました。お世話になりました。』   福島県白河市  遠藤 淳 



今の自分が在るのは・・・・・・・・・   残された限りある時間を、精一杯精一杯生きて行こう! 改めてそう思っています。
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