Vamos福島
あれから6年 ~たかが6年 されど6年 だけど6年~
あれから6年、正式には明日。しかし明日は、3.11東日本大震災が発生した当時、幼稚園・保育園でもの凄い揺れにさぞかし怖い怖い思いをしたであろう、そして、あれから6年が過ぎ立派に!?成長し小学5~6年生になった子供たちを引率しての大会参加のため、1日前ではありましたが、本日・・・・・・

『見ざる言わざる聞かざる』  世の中には、見なくても良いこと、言わなくても良いこと、聞かなくても良いこと、数々あるかとは思いますが、福島の現状は同じ福島に住む者として、『見なくては言わなく聞かなくては』 そんなことが山ほどある! そう思っています。


いち福島県人が見たあれから6年の福島の現状です。

1年ぶりに封印を解いた!?放射線測定器。液晶画面が・・・・・(泣) とりあえず音だけはするので持参することに・・・・・
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常磐自動車道富岡ICを過ぎたあたりから、測定器はけたたましい音を鳴らし続けました。数値は定かではありませんでしたが、その音からどれほどの量の放射線がこの地にはまだまだ散乱!?しているのかは容易に想像することが出来ました。あれから6年が過ぎたと言うのにも関わらず・・・・・
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浪江ICから常磐道をおり、浪江町へ。昨年まで入れなかった所が入れるようになっていたので行って見ると・・・・・・6年の時間の経過があまりにも儚い現実が光景がそこかしこに広がっていました。浪江町は4月1日、避難区域が解除され住民の帰還が開始されるとのことですが、これで本当に果たして・・・・・・・そんな疑念しか湧き上がって来ませんでした。
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浪江町から6号線を南下。第一原発のお膝元!?の町々は相変わらずの様子で・・・・・・信号は点滅のまま。道路の両サイドは立ち入りをさせないためのバリケンードのオンパレード。画面の見えない放射線測定器からはもの凄い異音が響き渡っていました。あれから6年が過ぎたにも関わらず、目にするもの耳にするものは全て・・・・・・
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一路南下し、富岡町へ。ここも浪江町同様4月1日より避難解除となり・・・・(ただし一部地域は帰還困難区域に指定されているため全町解除とはなりませんが) 大きなお葉書が掲示されていました。
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避難解除に伴い町役場が復興しました。職員の方々は避難先からバスで出勤(片道約2時間半かけて)してきていると先日ニュースで見ましたが、確かに・・・・
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お店も1軒オープンしていました。
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我がクラブの震災前の毎年恒例の冬合宿の際に使用していた人工芝のグラウンドも貼り替え作業が始まっていました。
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グラウンド隣接の野球場に、昨年堆く積まれていた除染廃棄物の山は見る影もなくなっていました。着々と帰還に向けて・・・・そんな感じを受けました。
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それを祝うかのように梅の花も咲き誇っていました。
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しかし、街中の様子をよくよく見てみると・・・・・
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海沿いに行ってみると・・・・・
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本物の避難解除を!!!  意味不明の言葉を叫ばずにはいられませんでした。


富岡町を後にし更に南下。途中の楢葉町のある施設に行ってみました。
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なぜこの施設に行ったかと言うと、この施設内にあるアイスクリーム屋さん!?が震災後6年が過ぎ、本日リニューアルオープンをするとのことで・・・・・・
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隣接の公園にはこんな看板!?が・・・・・・ヒーロー!頼んだぞ~!!
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更に南下し、あのJビレッジへ。日本サッカー協会によると、東京オリンピック前に完全復旧!とここ最近声を大にして!?唱っているようですが、果たして・・・・・・・・
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確かに着々と復旧工事は進んでいるようですが、東京オリンピックを前にした合宿で本当にこの施設を利用する人がチームがいるでのでしょうか・・・・


このJFAアカデミー福島の女子寮にも静岡からアカデミー福島を戻して・・・・・との構想があるようですが、廃炉まで程遠い年月が掛かるであろう未だ先が見えない原発を間近に控えて、いくらお国が安全!と叫んでやっきになっていても(変な表現ですがそれしか私には言いようがありません。)それを安心!と考える人達が果たして本当にどれほどいるのでしょうか・・・・・もちろんこの考え、言い分は、あくまでも個人的な見解ですの・・・・・・もし娘がいる間に、ここにアカデミー福島を戻すと言われたら私は・・・・・・・・・
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6年前に放置されたままになっているアカデミー生が利用していた錆さびになった自転車が、私には虚しく見えて仕方がありませんでした。



Jビレッジを後にし、最終目的地である、あの時の津波で甚大な被害を受けたいわき市豊間へ・・・・・・
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海岸線沿いには、防潮堤が張り巡らされ!?・・・・・
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そのかげには植樹がされ・・・・・・
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1年前には更地になっていた所が高台の工事が行われていて・・・・・・
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今回目にした様々な光景の中で、1年前との桁違いの復旧復興の様子をこの地で目にしました。


相変わらず海は青々とし穏やかで、この海が6年前、あの日あの瞬間に牙を剥いたことなど想像すら・・・・・・・
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この世の中には見なくても言わなくても聞かなくても・・・・・・・・・・・・・けれどこの福島には、見なければ言わなければ聞かなければならないことが、あれから6年が過ぎてもまだまだまだまだたくさんたくさんたくさんある!  そう改めて思った今日一日でした。



明日は子供たちと共に、14時46分、鎮魂の思いを胸に合掌したいと思っています。そして、子供たちの暮らすここ福島が、一日も早く平穏な地になり、子供たちの未来が輝かしいものになるよう精一杯祈ろうと思っています。 
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