Vamos福島
「あれから5年」 「もう5年」 「まだ5年」 ~2016年3月11日~ それぞれの5年目
人それぞれの受取り方が全く異にする3.11東日本大震災5年目

朝からこの地では梅の花が満開に咲き誇り・・・
1_20160311181849c1f.jpg
被災地に向かう途中目にした言葉に・・・・
2_20160311181852444.jpg
飯舘村のある学校の土手が崩れ学校名が・・・
3_201603111818136b3.jpg
もう一つの奇蹟の一本松が南相馬市鹿島に・・・
4_20160311181817ef7.jpg
5_20160311181819e55.jpg
6_20160311181822559.jpg
原発から20㎞圏内の南相馬市小高区にある小学校。行政は今夏に再開する方針を打ち出しているが、多くの保護者が「時期尚早」と訴えている・・・
7_20160311181825050.jpg
しかし区内のコンビニはまだこのような状態で・・・
8_20160311181727219.jpg
家屋もあの当時のままのところがそこかしこに・・・果たしてこんな状況であと約5ヶ月後に、学校が再開できるとはどうしても思えないのだが・・・・
9_201603111817306e7.jpg
浪江町から富岡町までは相変わらずの状態で・・・
10_2016031118173306c.jpg
国道と言うのに信号は全て点滅のままで・・・
11_20160311181736542.jpg
道路に設置されている放射線表示板も高濃度の値を叩きだしており・・・助手席に置いてある放射測定器も車内にも関わらず異常音が鳴りっぱなしで・・・
12_20160311181738c10.jpg
地球にやさしいエネルギー原子力の看板は虚しく佇み・・・
13_20160311181648106.jpg
富岡町の皆さんに宛てられたと思われる巨大な葉書が・・・
14_20160311181651be8.jpg
15_20160311181653ccc.jpg
富岡町の除染作業に従事しているとある業者の看板を見ると・・・
16_2016031118165611e.jpg
17_201603111816598f6.jpg
一つの町が今なお三つに(帰還困難区域・居住制限区域・避難指示解除準備区域)分断されている町・・・
18_201603111816062de.jpg
毎年訪れている我がクラブにゆかりのグランド(震災前まで毎年冬にこの周辺の施設を利用して低学年のキャンプを実施。その際、必ず使っていたグランド)に異変が・・・
19_20160311181609939.jpg
なんと人工芝のグランドなのに、その人工芝を突き破り雑草がそこかしこに顔を出していて・・・
20_20160311181612aaa.jpg
相当に頑丈なこの人工芝を・・・思わず息を呑み込んでしまった・・・
21_20160311181615916.jpg
野生の動物の糞も転がっていて・・・・昨年には見れなかった光景。放射線測定器は、昨年と同程度の異様な値を示していた・・・
22_20160311181617786.jpg
富岡駅及び駅前の崩壊した建物は影も形も失くなっていた・・・
23_20160311181443c4e.jpg
ただし周囲の様子は・・・・・
24_20160311181446688.jpg
25_20160311181449647.jpg
26_2016031118145151a.jpg
27_201603111814540b4.jpg
28_2016031118140875c.jpg
29_20160311181411e23.jpg
30_2016031118141367e.jpg
しかし無人の町にも私の住む町と同じように梅の花が咲き誇っており・・・
31_20160311181416301.jpg
再来年夏には元の姿を取り戻し、東京オリンピックでは日本代表の合宿地になる!と言われている楢葉町にあるJビレッジの今は・・・
32_20160311181419f70.jpg
本当にここが元の姿に・・・
33_20160311181333d24.jpg
外観の除染は始まったようだが・・・あの天然芝のグランドには除染関係者の車車車・・・・・
34_20160311181336f4b.jpg
Jビレッジ周辺には除染作業員に向けた背筋がゾクッとするような立て看板がたくさんあり・・・ここでは掲載出来ない文言の看板がたくさん・・・再来年夏、復活した姿をぜひとも見せてほしい!そう思っています。
35_201603111813382a3.jpg
楢葉町を南下し広野町へ。楢葉町辺りからは放射線測定器はほとんど反応しなくなり・・・広野駅前に掲げられた横断幕
36_201603111813427a5.jpg
今春より娘が入学する高校。とは言っても、ここに来るのは3年間で片手ぐらいなわけで・・・それでも我が母校に・・・
37_20160311181345fe7.jpg
昨年も立ち寄ったいわき市の魚屋さん。1年ぶりの再会に・・・
38_20160311181255045.jpg
39.jpg
いわき市内には夥しい数の復興住宅が建ち並び・・・昨年無かった復興一軒家!?も多数見られ・・・
40_201603111813016e9.jpg
津波被害が著しかった豊間地区は全くの更地に・・・
41.jpg
海岸では防波堤の工事が大々的に行われていて・・・
42.jpg
この海が5年前に全てを一変させたわけで・・・あれから5年目の海は・・・
43_20160311181219d6f.jpg
なんで今日この時にこんな光景が・・・目を疑ってしまった・・・
44.jpg
それでも大多数の人たちは海に向い・・・
DSCN2673.jpg
祈りを捧げ・・・
45_20160311181225278.jpg
献花をし・・・ 
46_20160311181228cfc.jpg
何度でも何度でもこの思い、この海に捧げます
47.jpg



あれから5年と思う人々

まだ5年と思う人々

もう5年と思う人々



道半ばにして生涯を閉じた皆様に心より哀悼の意を捧げると共に、残された人々が心安らかに日々を過ごせますよう・・・心から願っています。


そして、ここ福島を始め、未だ先が見えない中での生活を余儀なくされている被災地の一日も早い復旧復興が訪れることを願っています。


☆29年前の初めての卒業生を送り出した時に卒業式で教え子たちが唱った歌。あの時の心に染み渡った歌声と真理さんのピアノ伴奏、そして込み上げる感動は、何年の年月が経た今でも色褪せることはありません。卒業式と教室で2回も聴かせてもらいました。この歌を、今日晴れの門出を迎えた中学を卒業した皆さんに贈ります。そして、最後の最後のフレーズを、被災地の皆様へ贈らせて頂きます。

トラックバック
トラックバック URL
トラックバック