Vamos福島
ご冥福をお祈り申し上げます
3.11東日本大震災から昨日で、4年10ヶ月が過ぎました。

昨日の成人式、昨年9月に避難指示が解除された楢葉町では、5年ぶりに成人式が行われました。73名が出席し、その全ての人たちは、震災が発生した当時、中学校の卒業式の日に震災を体験した人でした。

「震災によって様々な経験をした私たちだからこそ、できることを摸索し、楢葉町と共に一歩ずつ前進して参ります」(新成人代表の言葉)

楢葉町は昨年避難指示が解除されましたが、町に戻った人の割合は、全体の5%に過ぎないと言います。

本当の復興はまだまだ先!と言うのが現状のようですが、それでも必ずや元の楢葉町が蘇ることを同じ福島県民として念じていきたいと思っています。

自分の成人式はと言うと・・・・・・浪人中だったので不参加だったんだよなぁ・・・・・・(泣泣)




突然ですが、現在はサッカー指導者の端くれを名乗って!?おりますが、私は、サッカーの競技歴は全くなく、小中高校とソフトボール、軟式野球、硬式野球に人生を捧げた!?野球少年でした。本気で甲子園を目指し、本気でプロ野球選手になる夢を持ち・・・・・・どちらも夢半ばで頓挫してしまったのですが、それでもその当時の本気度は半端でなかった!ことは、変な言い方ですが、私の青春の勲章!?と言っても過言ではありませんでした。


サッカーの指導者になってからも、その野球に対する熱!?は冷めることなく、友人の薦めで、友人の所属するソフトボールチームに入り活動していました。

その主な活動の中心は早起きソフトと言われるもので、早朝5時集合、5時30分頃~7時頃迄試合、その後仕事へ・・・・そんな日常を20年近く送って来ました。(と言っても毎日試合があるわけでもなく、期間は4月~10月頃で、1週間に1~2回位のペースで行われていました。早起きソフト以外にも仕事が終わってからのナイター(夜)での試合、日曜日などにワンデーでの大会が数多くありました。その大会は、サッカーとの兼ね合いで全てに参加できたわけではなかったのですが・・・)

まだこの職に就くまでは、小学校の教員をしていたので、試合を終えるとすぐに帰宅、シャワーを浴びてぶっ飛んで学校へ! そして夕方からサッカー・・・・・そんな慌ただしい日々を送っていました。

それでも、「好きこそ物の上手なれ!」ではありませんが、肉体は少々悲鳴を上げることもありましたが、気持的には苦痛など一切感じることがなく、とても充実した日々を過ごしていました。

そのチームの監督さん(チームの立ち上げ者で代表者)は、私より5才ほど上の方だったのですが、ソフトボールに対して非常にストイック!?な方で、早起きソフトの集合時刻5時に会場に行くと常に1番乗りをしていて、既に汗ダクダクの状態で、何時からこの人は来てるんだ!?といつも思わされていました。

私もその監督さんに感化され!?いつの頃からか4時過ぎには家を出て4時30分頃には会場入りし、まだ暗い中をせっせせっせと走り込みながら、夜明けを迎えると言った日々を過ごすようになっていきました。


そんな長きに渉った二足、三足・・・・の草鞋の生活!?も、3.11東日本大震災が発生し、原発事故による放射線の問題、何より、ソフトボールの試合が行われていたグランドに仮設住宅が建ち(今でも住宅は残っていて今でも避難されている方々が住んでいます)、試合ができなくなってしまったため、早起きソフトの試合もソフトのクラブの活動自体も、3.11をきっかけにして一切行われなくなってしまいました。


当時は、ソフトボールどうのこうのと言う状態ではなかったので、クラブ員の誰もが「ソフトボールをやろう!」などの声を発することもなく、と言うか、思っていてもそのような声を発することができずに、1年が経ち2年が経ち・・・・・・・そして現在に至るといった感じなのです。


実は、そのチームの監督さんが、先日帰らぬ人となりました。55才と言う若さで旅立たねばならなかったその心痛を察するに・・・・・・

「ソフトボールが出来なくなったその年に癌を発症し・・・・・・・あのまま大好きなソフトボールが出来ていたら、もしかしたらこんなことにならなかったのかも・・・・・・」

憔悴しきった奥様のその言葉に、久しぶりに再会したチームの面々は、ただただ涙を浮かべ俯くばかりでした。

「○○<監督の名前>は本当ソフトに対して熱かったよな~!」

「大会の後の恒例の○○の家の庭でのバーベキューは本当楽しかったよな~!!」

「チームのみんなでやったゴルフコンペは最高だったな~!!!」

「泊まり込みの温泉旅行、あの日はみんなすごかったよな~!!!!」


通夜の席上、壇上の監督の遺影写真を見ながら、時間を忘れてみなで語り合いました。


最後に、

「これでチームも事実上解散だな」

その一言に誰もが頷くばかりでした。


かげがえのない時間を過ごさせて頂いたこと、充実した日々を過ごさせて頂いたこと、今にも飛び起きてグローブを片手にグランドに駆け出して行きそうなそのお顔に、その亡骸に、ただただ感謝の意を述べるばかりでした。




ご冥福をお祈り申し上げますと共に、改めて、ありがとうございました!そう言いたいと思います。

と同時に、自分自身、いつ訪れるとも知れないその日まで、懸命に生きていきたい! そう思った次第です。
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