Vamos福島
雑感
昨日の爆風!?は凄まじかった!!  そんな中でのジュニアクラス(小学1~3年生)の子供たちのトレーニング、まさに大砂嵐!?の中、「気合いと根性でこの風を吹き飛ばすぞ~!!」 誰一人泣き言なと言わず、サッカーに興じる姿。そんな姿に天の神様が、いや、サッカーの神様は感銘を受けたのだろうか、爆風吹きすさむうちは、気持ち悪いぐらいに真っ黒な雲が湧き上がっていた空が、いつのまにか星空に。
「みんなのがんばりが天に届いたんだぞ~!」 本気で子供たちにそんなことを言う自分に思わず・・・・・(笑) それにしても、髪の毛ジャリジャリでお風呂に入りがいあったのは、きっと私だけではなかったことでしょう・・・・・・!!(苦笑)

※本当なら、通常借用している体育館で室内練習にしたかったのですが、郡内の駅伝大会があるとかで、その開会式の会場になっているので使用出来ません!と言われてしまったので、昨日は、天候不良の中、屋外での活動を強行しました。保護者の方の中には、「どうして体育館にしないの?」と思われていた方もいたかと思いますが、そのような事情があったことを事後報告させて頂きます。




ここ最近、またしても【活字中毒】になってしまいました(苦笑)。読書の秋だから・・・・・・そんな軽いのりで本屋に行ったのがそもそもの間違いで・・・・・・・・・・(笑) 目の前には、その時購入した本が堆く積まれており・・・・・・(笑笑) どれも自分なりに厳選したものばかりなので、「早く読みたい!」この気持ちが抑えきれずに、またしても交差点読みなどしている始末で・・・・・交差点読み!? ご想像下さい(笑)。分野はいろいろで、全て老眼には応える長編小説ばかりで、相変わらず趣向の大きい山岳小説が多いのですが、中には野球少年の小説や家族をテーマにした小説や原発に関する小説や台湾を舞台にした新幹線事業の小説などがあり、とにかく、ここ最近、寝る間も惜しんで・・・・・・そんな感じになっています。全てを読み終えた頃には、読書の秋もきっと終わっている頃だと思うので、その間は、どっぷり活字中毒に填っていようと思っています!!(笑笑笑)




明日、楢葉町で行われる「2015ふれあいサッカー教室inならはワールド」に参加を希望した子供たちを引率し行ってきます。

楢葉町!? 原発のそばのあの町!? そんな場所に行けるの!?


【楢葉町町民の皆様へ】  楢葉町ホームページより引用

「あの日、あの時、平成23年3月11日は忘れることができません。穏やかだった私たちの暮らしを奪い去った、東日本大震災に伴う福島第一原子力発電所事故により、翌3月12日から、全ての町民が避難を余儀なくされました。

この4年以上にわたる避難生活は、言葉に尽くしがたい辛苦の日々でありましたが、本日9月5日午前0時をもって、楢葉町に出されていた避難指示が解除され、町で止まっていた時計の針が再び動き始めたところであります。

振り返れば、平成24年8月の警戒区域見直しや、昨年5月の「帰町の判断」について、大変悩み考え抜いた末に決断をいたしましたが、この決断があったからこそ、除染やインフラ復旧、生活環境の回復が加速し、復興や再生を前進させることができたと考えております。

また、今年4月から準備宿泊が開始されて以降、住宅の再建やリフォームなど、帰還に向けた準備が町内の至る所で目にするようになりました。本日を契機として、そのスピードはいっそう加速していくものと期待をしております。

しかしながら、原子力災害により大きく失われた安全・安心に対する信頼は、そう簡単に回復できるものではありません。一方、4年以上にわたる避難生活により、町民の健康維持や、地域が築き上げてきた大切な文化や伝統、コミュニティが失われるなどの弊害もあり、避難生活の更なる長期化は決して望ましいものではございません。

そのため、町では復興計画に「安心できる生活環境の回復」、「生活再建支援策の充実」、「住み良い魅力あるまちづくり」の3つの重点施策を掲げ、まずはかつての原風景を取り戻すと共に、「新生ならは」の創造を目指して、全町を挙げて取り組んできたところであります。

避難指示の解除は、一つのステップではありますが、ようやく復興のスタートラインに着いたに過ぎません。まさに本日、そのスタートをようやく切ることができました。私たちが目指すべきゴールは様々ございますが、町民が安心して、心豊かに暮らすことができる環境を整備することが、その一つの形であると考えております。

現状は決して十分ではなく、更なる努力が求められていることは言うまでもありません。町だけではなく、町民の皆さんと協力しながら、新たなまちづくりに取り組んでいきたいと考えております

今、楢葉町は全国から注目されております。日本がこれまでに経験したことのない困難や苦悩を乗り越え、笑顔があふれる美しいふるさと楢葉を取り戻し、さらには楢葉町が歩んだ軌跡が、後に続く自治体の道しるべとなるよう、必ずや復興を実現させるべく全力で取り組んでまいることをお約束いたします。

そして本日、このような式典を開催することができるまでには、国内外から、個人、団体を問わず多くの方々から心強いご支援をいただいたことを忘れることはできません。私たちに手を差し伸べていただいた全ての皆様方に心からの感謝と御礼を申し上げるとともに、これからの楢葉町が歩む道を温かく見守っていただきますようお願いいたします。」

平成27年9月5日  楢葉町長  松本幸英


上記のメッセージが発せられてから約1ヶ月。その楢葉町で行われるイベントに参加してきます。

楢葉町は、あの大事故を起こし、福島を地獄の底に陥れた、そして40年後と言う途方もない廃炉作業を現在行っている福島第一原発から直線距離でおよそ16㎞の場所に位置しています。

16㎞! たった16㎞!!    

そんな場所でのイベントに本当に参加して大丈夫なの???

大丈夫かどうか・・・・・それは正直私にも分かりません。ただし、上記記載のように町が復興を目指し動き出していることや、現在の放射線値が、原発まで至近距離にも関わらず、私が住むこの地(原発から約80㎞)よりも低い値を示していること、それは紛れもない事実です。

とは言っても、心情的には近寄りたくない! それが本音かと思います。

ですので、我がクラブでは、今回の教室はもちろん強制参加ではなく、個人の意志に任せた自由参加の形式としました。そんな中、14名の子供たちが参加することになりました。その子供たちを引率して来ます。


「絶対行きたかったのに、原発が近いからダメだって言われた。」

「放射線高いから言っちゃダメだって言われた。」


子を持つ親としては、最もな言葉だと思っています。と同時に、14名の子供たちが参加するのも事実です。震災前はJビレッジに拠点を構え、震災後は、静岡県に拠点を移したJFAアカデミー福島女子の子供たちがサッカー教室の講師として参加するのも事実です。(内情を言えば、アカデミー福島の子供たちの保護者にも、事前に子供たちが講師として楢葉町に行くのを許可するかどうかの承諾書が各家庭に配布されました。今までこういったサッカー教室の講師を子供たちが行ったことが何度かありましたが、承諾書を配布されたのは今回が初めてでした。果たしてどれほどの保護者が参加を承諾したのかどうか・・・・定かではありません。)


何が懸命な判断で何が間違った判断なのかなど正答はないと思っています。


あの震災発生後、放射線被曝を避けるため、県外に避難する者もいれば、この地に留まる者もいれば・・・・・・・・その各々の判断決断が、どれもが正しくどれもが間違いではない、正しい答えなどない!! そんな風潮に包まれていたあの頃と同じように・・・・・・・・正答などない・・・・・・・・・・それは4年数ヶ月過ぎた今でも全く同じで・・・・・・・・


とにもかくにも、この地に住む者が、正答が見つからない判断を二分しなければならない状況に陥れた原発事故がただただ憎い・・・・・そんな気持ちでいっぱいです。


その原発で生み出された電力は、ここ福島県の人たちが使用しているのではない!! じゃ、誰が・・・・・・・・・そんな方々に、この地では、今もこんな形で苦しみ藻掻いていると言うことを、少しは感じて頂けたらなあ・・・・・・そんなことを思う今日この頃です。




雑感と言いながら、一体何が言いたかったのか・・・・・・・・・・・・・・




☆エベレスト単独無酸素登頂を目指して、過去の数度の失敗にもめげず、そして、凍傷で指のほとんどを切断した体にも関わらず、果敢にチャレンジした栗城氏。今回のチャレンジも・・・・・・失敗に終わってしまいました。そのブログには、登頂を断念した悲痛な叫びとも嘆きとも思える肉声が発信されていました。と同時に、今回の登頂失敗をこれでもかと酷評揶揄するコメントが何百通と寄せられていました。何が良くて何が悪いのか・・・・・・正答のない世界がここにも繰り広げられている・・・・・・そんなことをしみじみと感じさせられました。
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