Vamos福島
「上手いってイイよね~!」
平成26年度の活動が本日を以て全て終了致しました。

数あるクラブの中から、我がクラブをお選び頂き、お子さまの大切な成長を託して頂きました保護者の皆様にまずは心より感謝と御礼を申し上げます。並びに保護者の皆様には、クラブ主催大会等々並々ならぬ御尽力を頂きましたこと、感謝の気持ちでいっぱいです。

そして、我がクラブの活動(サッカーや様々な活動)を通して、健やかに心豊かにたくましく成長してくれたたくさんの子供たちに、「ありがとう!」と、でっかいでっかい声で言いたいと思います。

そしてそして、我がクラブの提供する様々な大会やイベント等々にご参加頂きました皆様に対し、また、我がクラブを様々な大会に招聘して頂き、また、我がクラブと親交をもって頂いたたくさんたくさんの皆様に対し、厚く厚く御礼申し上げます。

本当は、胃に穴が空きそうな、いや、三つは空いている? 昨今の現状を吐露したい気持ちもあるのですが、とにもかくにも、今日、平成26年度の終わりをなんとか無事に迎えることができたこと、それを今はただただ喜び、そして感謝したいと思っています。


皆皆皆皆皆皆皆皆皆皆・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・皆皆皆々様、平成26年度の1年間、本当に本当に本当に大変大変大変お世話になりました。

来るべき新年度が、皆様にとって今年度以上に光り輝くことを御祈念申し上げ御礼とさせて頂きます。    完



☆新生日本代表、ハリルJAPAN。見事な戦いぶりに、あっぱれ!です。サッカー大好き小僧たちも、ワクワクしながらの観戦だったものと確信しています。なぜなら、小僧たちを、食いつかせるプレーの数々が垣間見ることができたから。本日の解説を担当した、元日本代表のJさんがU選手の狭い場所へドリブルで切れ込んで行って放った見事なシュートの後に思わず漏らした一言。

「上手いってイイよね~!」
  
 
我がクラブでは、昔も今もそしてこれからも、この一言をいつでもどこでも発してもらえるようなプレーができる選手の育成に励む!

改めてその一言に、その思いに、変な言い方ですが、武者震いのようなものを感じずにはいられませんでした。

平成27年度も我がクラブで活動して頂ける子供たち、日々コツコツコツコツ努力して、輝きを思いっきり放てるそんなサッカー選手になっていこうね!! そのためには、一に努力二に努力、三四も五六も、全~~~部努力!!!

チームの目先の勝利ももちろん大切、けど、試合で負けようとも、たくさんチャレンジし、たくさん失敗し、その度毎にたくさんたくさん努力し、そして少しずつ少しずつ成長し・・・・・・・そんな積み重ねを通して、みんながいつの日か光り輝くその日が来ることの方が、何十倍も何千倍も何億倍も大切!!   我がクラブの、私の、揺るぎない信念です!!!!!!!


「上手いっていいよね~!」  最高の言葉だね!!

※もちろん「上手さ」だけでは・・・・・そんなことは百も承知ですのであしからず! けれど、日々の絶ゆまぬ努力で培った技術を武器として兼ね備えているかどうかで、輝きを放てる選手とそうでない選手に分かれる! ハリルJAPANの2試合を見ただけでも、そう断言できると思うのですが、如何なものでしょうか・・・・・・・「上手くなれよ! 誰もが羨むような選手になれよ! きちがいになるぐらいボールに触れよ!」って感じです。
土を求めて終了・・・・いろいろお世話になりました!そして今後とも・・・・・・
まだ雪山だが・・・・

鶏もまだ寝静まってる!?本日早朝、あまりの美しさ!?に車を停めてパチリ、那須連峰の山々です。まだまだ冠雪の状態ですが、確実に着実にこの地にも春の訪れの足音が・・・・・・・・

そんな良き日!?に行った、『土を求めて三千里の旅』

とは言っても、先週からグランド(屋外)でのトレーニングを再開したので、実質的には、土を求めて・・・の旅も終わりを告げているわけで・・・・・・

今冬も本当にたくさんたくさんの南国!?の方々にお世話になりました。感謝の気持ちでい~~~~~っぱいです! おかげ様で、子供たちは、北国の厳しい環境を尻目に、ほぼ毎週末香ばしい!?土の広い広~いグランドで、思う存分サッカーに興じることができました。そして何より、今の己の現状を知り、たくさんの糧を得て、大いなる日々の目標を抱き、努力することの大切さ、必要性等々を体感することが出来ました。言わずもがな、指導者の私も同様であることは言うまでもありません。


もちろんそれを今後私も子供たちもこの旅で得たものを、どう体現していくか、全てはそこなのですが・・・・・・・・・・


それにしても、今年の土を求めての旅でも、毎年のことながら、たくさんの熱き熱き指導者(チーム・選手達)の方々と出会うことが出来ました。そしてそのような方々から、たくさんたくさん学ばせて頂きました。たくさんたくさん刺激を頂きました。たくさんたくさん凹ませて頂きました!(苦笑)


『一期一会』


この出会いを大切にし、多くのことを吸収させて頂き、子供たちに還元できるようにすること! 子供たちを変貌させてあげられること!etc    

○○さん、○○さん、○○さん、・・・・・・・・・・末永いご交流のほど、どうぞどうぞよろしくお願い致します!!


繰り返しになりますが、2014冬~2015春にかけて、美味しい美味しい土を我がクラブに提供して頂いた皆様、本当に本当にありがとうございました!!


2014年度 土を求めて三千里の旅  完!!


と言うわけで暫しの休憩・・・・・・・・・・・などと言ってる場合ではありません!  歩みを止めるべからず!! と言うことで、昨日と今日の2日間、またまた南国の方にお世話になってきました!!(笑)


土を求めて・・・は終わったわけだから、これは何と言えば良いのか・・・・・・・・・・・(苦笑)


今回も土を求めての旅同様、そこに行かなかったら学べなかったことを、子供たちも私もたくさんたくさん得ることが出来ました。そして、今回も、貴重な出会いをすることが出来ました。(○○さん、末永いご交流を!)


実は、今回、子供たちの成長具合と桜の開花が相似している!そう思える瞬間に出くわしました。

子供の成長と桜の開花が相似???

何とも巧く表現できないのが口惜しいところなのですが・・・・・・・・・・


目に見える成果は・・・・

本日、試合会場となったグランドに到着後、バスを停めた場所は桜の木のそば。その時点では、全く桜の花など咲いていなかったのですが、全ての試合を終えバスに乗り込む段階になり桜を見ると・・・・・・・・なななんと、全てではないのですが、たくさんの桜が開花しているではありませんか!!

その光景を見て、2日間のハードな!?試合と練習で足を引きずるほど!?のクタクタ状態!?だった子供たちも一斉に笑顔笑顔笑顔・・・・・・・・・・・

そんな子供たちと桜を見ていて、

「この子たちは今日一日でどれぐらい花を咲かせることが出来ただろうか・・・・・・」 そんなことを思い、「知らず知らずのうちにこの子たちがたくさんの花を咲かせてほしい・・・・・・花を咲かせてあげたい・・・・・・」そんなことを思い・・・・・・・・


う~~む・・・・・・・・・・あの瞬間に思ったこと、感じたことを巧く言えない、表せない自分の無力さが悲しい!!!(泣笑)


あとは、読者の方々の感受性!?に委ねます!!(苦苦苦笑)




平成26年度も残すところあと2日。いよいよ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・お別れですね。
全て全て終了!
2日間のクラブ主催の大会を無事終了したのを見届けたかのように、この地はただいま雨が降っています。

心配で心配でならなかった天候も、『最高』のものとなり、そして現在の雨。なんだか、本当に神様はいるんだなあ・・・そんな気がしてなりません!(笑)

お天道様、神様、本当に本当に×100000000000 ありがとうございました!!

おかげさまで、天候同様、最高の2日間を過ごすことができました。心より心より×1000000000000000 感謝申し上げます!!




『平成26年度ご卒業おめでとうございます!祝福サッカー大会』 16チーム、約250名の卒業生を迎えた大会。

「ご卒業おめでとうございます! 輝かしい未来に向かって大いに羽ばたいて下さい!!」 記念のタオル、大切に使って頂けると幸いです!! そして何より、言葉のごとく、全ての卒業生が大いに羽ばたくことを心より念じております!!

大会終了後に行った我がクラブの平成26年度卒団式。笑いあり笑いあり笑いあり・・・・・・!!(笑笑笑)

後輩が先輩に贈った最高のパフォーマンス!!
先輩!見て下さい!

先輩が後輩に贈ったこれまた最高のパフォーマンス!!
卒団生より 大爆笑!!

どれもこれ本当に最高でした!! 短い時間の中の、最高に凝縮した瞬間でした!!

改めまして、ご卒業&ご卒団おめでとうございます!!
卒団おめでとう!

その後に行った『卒団祝食事会』 これまた限られた時間の中でしたが、みんなではっちゃけた!?最高の時間となりました!!
卒団祝食事会


くどいようですが、ご卒業&ご卒団おめでとうございます!!


そんな良きの翌日に行われた『2015春VAMOS福島カップ』(3年生以下大会)

その名にふさわしい『春』の陽気に包まれた中での1日となりました。チビッコ、いや、4月から学校で言えば高学年となるたくさんの子供たちが、生き生きと伸び伸びとサッカーに興じていました。

「頑張る姿を見て、子供たちの成長を改めて感じることが出来た一日でした。」 (我がクラブ保護者よりのメールの抜粋)

4月からは高学年として、学校でもサッカーでもどしどしリーダーシップを発揮して、5~6年生に負けないように、5~6年生を凌ぐ活躍をしてほしいなぁと思っています。



大会終了後に行った、我がクラブのお別れ会。4月から新しい学校に転校するA子さん。
一期一会

どこにいようと、どんなに離れていようと、みんなみんなかけがえのない仲間。『一期一会』 みんな生涯の友だよ!!
また会う日まで!


こんなすばらしい2日間を過ごせたことに、こんなすばらしい子供たちに出会えたことに、こんな・・・・・・・・・・・・・・


クラブ主催の大会や、卒団式やお別れ会は終了しましたが、平成26年度は残り9日間あります。最後の最後までやりきります!! ですので、最後の最後までどうぞよろしくお願い致します!!




☆【もう一人の卒団生】

「昨日、Kは小学校最後の大会を終えました。小さな大会でしたが、優勝で幕を閉じることが出来ました。また、優秀選手賞ももらえ、最高でした。これも、ホワイトリバーで身につけた足技のおかげです。ありがとうございました。また、いつの日かお会いできることを楽しみにしております。皆様にもよろしくお伝え下さい。」

小学5年生になる時に東京に転校して行ったK君の保護者の方より本日早朝頂いたline。

とってもとっても嬉しい気持ちになりました。と同時に、絶対みんなに伝えねば!そう思い、相変わらず無許可!?でブログに記載することにしました。

「K君、卒団、そして、卒業おめでとうございます! 中学生になってもサッカーに勉強にいろいろなことに頑張って下さい!いつの日か体も心も成長した貴方に会える日を楽しみにしています!ホワイトリバーの仲間も昨日大会を終え卒団式をしてホワイトリバーを旅立って行きました。と言っても、3月いっぱいは練習に来る!と言うので、明後日の練習の時に、お父さんにもらった写真をみんなに見せたいと思います! ご卒業&ご卒団おめでとうございます!」(早速返信したlineより  本日の上から3番目の写真を添付して送りました)

もう一人の卒団生

(頂いたチームの記念写真からK君だけ抜き出して掲載させて頂きました。お父さん、掲載事後承諾よろしくお願い致します!(苦笑) それにしても、ちっとも変わってないような、なんだか凛々しくなったような・・・・・・(笑))





☆本日より10日間の日程で、二人のクラブ関係者が海外遠征に武者修行の旅!?に出発しました。一人はジュニアユース(中学生)新3年生の吉田瑞稀君、もう一人はホワイトリバー出身で現在JFAアカデミー福島女子U15所属(中学生)新3年生の遠藤純さん。瑞稀君はフランスへ、純さんはアメリカへと、それぞれ国は違えど、本日、日本を旅立って行きました。10日間の時間が、二人の今後の糧に財産に……なることを願うばかりです。ただ、純さんは、遠征直前の練習で、右手親指の骨折。遠征断念!と思いきや、「キャプテンとしてチームのみんなに出来ることがある!」そうスタッフに直訴して遠征敢行! その心意気、あっぱれ!!(笑) 

二人とも、がんばって来るんだぞ~~~!!!!!!

頑張って来いよ!
平成26年度クラブ主催最後の大会
明日明後日の福島県白河市・西郷村(県南地方)の天気予報は・・・・・・・2日間共に 【快晴】!!  最高気温は・・・・・明日【15℃】! 明後日【17℃】!!

よって、平成26年度クラブ主催の最終大会となる、『平成26年度ご卒業おめでとうございます!祝福サッカー大会』と『2015春VAMOS福島カップサッカー大会』の両大会共に予定通り開催できる運びとなりました。

お天道様、ありがとうございま~す!! です。(笑)

なぜこんなに喜んでるのかと言うと・・・・・・・・


以前のブログでも書いたことがあったのですが、実は、昨年度の同大会は、前日の突然の大雨でグランドが海!?状態になり中止を余儀なくされました。クラブ主催の大会で中止にしたのは初めてのことでしたので、その痛恨の極み!?は1年過ぎた今でも心にグサッグサッと突き刺さっており・・・・・・・・・(泣泣泣)

もちろんこの痛みは、私などより、小学校生活最後の大会参加を楽しみにしていたたくさんの子供たちの方が、そして、そんな子供たちの小学校生活最後の勇姿を見るのを楽しみにしていた保護者の方々の方が、はるかにはるかにその痛みは激しかったことと思っています。


だから今年こそは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


昨年度卒業した子供たちに抱かせてあげられなかった分も含めて、明日は、小学校卒業への最高の祝福の思いを込めて実施運営していこうと思っています。

もちろん、その翌日のVAMOSカップにも精一杯尽力していく所存です。

クラブ関係者の方々には、年度終盤の最後の最後まで御協力を頂くようになり誠に恐縮至極ですが、我が子のため、そして我が子と同じたくさんのサッカー大好きっ子たちのために、会場準備から運営、後片付けに至まで、ご協力のほどどうぞよろしくお願い致します!!


くどいようですが、本当に本当に天気になって良かった~!!!!!!!!!!!!!!!


ご卒業おめでとうございます!

☆久しぶりに、と言うか、1年ぶりに!? 優コーチのブログが更新されました。無理にとは言いませんが、「卒業おめでとう!」「これからがんばれよ!」etcの意を込めて、拍手をバンバン叩いて頂くと親ばかですが嬉しく思います。(苦笑)
想いを込めて
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この時期恒例のこの光景!

この時期恒例!?  この光景!?

いいんです! 分かる人にだけ分かれば良いことです!!(笑)

後輩が仲間が一人一人を想い一人一人と過ごした年月を振り返り一人一人・・・・・・・・・・・

毎度のことながら、子供たちが色紙に向き合っているその瞬間、その時間、なんとも言えない雰囲気が漂い、その空間にいるだけでなんだか『ほっこり』しちゃうんですよね。

なんだか良く意味が!?

いいんです! 私だけが分かれば良いことです!!(笑笑)



色紙を書き終えた後輩達。次に行うのは・・・・・・・・・・・これまた毎年恒例!?の卒団式で行う先輩達への出し物のプレゼントの特訓!!

今年は・・・・・・・・・・・

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特訓用の秘密メモ?まで持参する気合いの入れよう!!

ワーワーキャーキャーしながらも、「こうしたら6年生喜ぶんじゃない!」 「こうやったら・・・・・・・」etc  練習時間約30分弱。 練習の成果は・・・・・・・・・・・あまりに短い練習時間しかなくて、はたから見ていても、あまり期待できるような完成度!?に至っていないのは否めないことですが、それでも、今までお世話になった先輩方に少しでも喜んでもらいたい!その気持ちは絶対絶対、伝わると思っています。

ただし、土曜日の大会の後に行う卒団式での発表なので、6年生の強豪チームとの数多くの対戦で、果たして、そこまで体力が残っているかどうか・・・・・・・・・・・・・・(苦笑)



『サッカーを通しての心豊かな人間育成』  なんとも言えない本日のトレーニング!?タイムでした。チャンチャン♪♪




☆みんな~、我らが優コーチが、本日、めでたく大学を卒業し晴れの門出を迎えましたよ~!!  見よ、ジャージとはひと味もふた味も違うこの姿を!! こういうのを、『馬子にも衣装』って言うんだぞ~!!!!!(大笑)

みんなで、声を揃えて言ってあげましょう!

「優コーチ、ご卒業おめでとうございます!」

優の旅立ち


4月からは保育園の先生&サッカーコーチ&女子フットサル選手&・・・・・・・・・・・・・!!  


優、卒業おめでとう! そして、これからもがんばるんだぞ!!
再開!
2015春到来!! と言っても、まだまだこの地には突然の降雪の恐れ!?は、なくはないのですが・・・・・(苦笑)

と言っても、冬将軍の足音は確実に遠のいたことは確か!そう思わせる日々が続いていて・・・・・(しししかし、同じ福島の会津地方では2M強の降雪に見まわれ大変なことになっているようですが・・・・・)

そんなこんなで、満を持して!?本日より屋外のトレーニングを再開することとなりました。

本日のトレーニング対象者は、小学1~3年生の子供たち。「この日を待ってました!」と言わんばかりの顔顔顔・・・・・(笑)

トレーニングの最初に、練習会場としてこの地区の方からグランドを借用させて頂くことへの感謝について話しをし、感謝の気持ちを込めて、そして、安全に楽しく活動できるように、みんなでゴミ拾いや石拾いをしました。

話しの意味を、小学1~3年生なりにきちんと理解してくれたのか、誰一人愚痴も言わずに、一生懸命作業を行っていました。と言うか、きれいにした後は、久しぶりのグランド練習だから今日はすぐに試合をやるぞ~!と言うご褒美!?が何より効果覿面だったような気がしますが・・・・・・(笑笑)

どんな理由であれ、自分たちの使う場所を、自分たちの使わせて頂く場所を、自分たちできれいにする! このことは、とっても大切なことだと思っています。

明日は、小学4~6年生のグランドでのトレーニング再開。もちろん、下級生同様の作業を行ってからの再開としたいと思っています。上級生は、ご褒美!?がなくてもきちんと理由を理解し作業してくれると思っていますが、果たして・・・・・・・(苦笑)

それにしても、作業後の久しぶりの外でのサッカーに興じる子供たちの姿は、まさに『水を得た魚!、いや、魚たち!』と言った感じでした!!(笑笑笑)
 

平成26年度も残すところ約2週間、たくさんの魚たち?と共に楽しんで行くぞ~!!!

感謝の気持ちを込めて①
感謝の気持ちを込めて②
水を得た魚たち!?(笑)



☆屋外でのトレーニングの再開は、今日明日からですが、試合等々は、もちろん【土を求めて三千里の旅!?】でみっちり行ってきました。特に5年生の新チームは三千里と言うよりは、五千、いや、八千・・・・・・・・・昨日、一昨日も、福島とは別世界!?の場所で、思いっきり試合練習試合練習・・・・・・を行ってきました。『ホワイトリバーの選手は4つのことができる子である! 子であらねばならない!』 これからのホワイトリバー人生!?を送る中で、とってもとっても大切なことを学んだ2日間になったものと確信しています。試合、練習、行動ぶり等々を見ていて、瞬時に変貌を遂げていく子供たちの姿に、何とも言えない感動と、底知れぬ可能性のようなものを感じて、思わず一人でほくそ笑んでしまいました。

4つのこと?   もちろん・・・・・・・・・・・・・企業秘密です!!(この言葉、久しぶり~~~~~笑)

ホワイトリバーでサッカーをやりたい! そんな子供たちへの『責任』をしっかりと肝に銘じ、着かず離れずしながら、個々の成長を見守っていこう! 改めてそう痛感した2日間でした。

「どんな練習をしたらこんな子たちが育つんだい!?」  最終試合を終え帰り際に大会主催者の方からかけて頂いた言葉。大会結果(試合結果)よりも、内容を重視して頂けていることに、思わず・・・・・・・・・・・・・・ 

練習内容は・・・・・・・・・もちろん、企業秘密です!!(笑笑)    

4つのことができる子になるぞ~!
祝 卒業
中学生の皆さん、ご卒業おめでとうございます!

晴れの門出を心よりお祝い申し上げます。

少しばかりですが、卒業を祝して記念の品!? 本日限定の品!?をお受け取り下さい!(笑)

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皆さんの未来が、光り輝くすばらしい未来となりますように!!

鎮魂の祈り  -2015年3月11日- 自宅(白河市)~常磐道~国道6号線 浪江町~双葉町~大熊町~富岡町
あれから4年の朝は、この地は雪の朝となった。今回は、復興の思いをのせて昨年購入(製作)したクラブ車で様々な思いを胸に秘め今日一日を過ごすことに・・・・・・・・・
2015.3.11の朝

先日、復興のシンボル!?として話題となった常磐道全線開通をこの足で踏みしめたく・・・・・・
常磐道①

いろいろな思いがそこかしこに施されていた
常磐道②

と同時に、今の避けざる現状もそこかしこに・・・・・
常磐道③
常磐道④
常磐道⑤

常磐道を北上するにつれ、放射線量も爆発的な数値をたたき出し・・・・車内に設置した放射線測定器も、警戒音をけたたましく鳴り響かせていた
常磐道⑥
常磐道⑦
常磐道⑧
常磐道⑨
常磐道⑩
常磐道⑪
常磐道⑫

常磐道をおり、浪江町から国道6号線を南下。1年前に訪れた時には一切立ち入りができなかった場所。【帰還困難区域】とは・・・・・
『2011年(平成23)3月11日の東北地方太平洋沖地震で発生した東京電力福島第一原子力発電所事故に伴い、政府が住民に対し、放射線量がきわめて高いため、5年以上の長期にわたって帰宅できないと指定した地域。指定時点で1年間の積算放射線量が50ミリシーベルトを超えており、5年間を経過しても年間積算放射線量が20ミリシーベルトを下回らないと推定される地域である。国際原子力機関(IAEA)など国際機関の基準を考慮し、20ミリシーべルト以上の地域に居住し続けると、人体に影響を及ぼすおそれがあると判断した。帰還困難区域は原則立入禁止で、区域境界にはバリケードなど物理的防護施設を設け、警察が検問し、住民に避難の徹底を求める。例外的に住民が一時立ち入りする場合は、防護服着用や線量計所持を徹底し、個々人の被曝(ひばく)線量を測定して健康に害が及ばないようにする。』
国道6号①
国道6号②
国道6号③

国道にも関わらず、ほとんどの信号が点滅信号となっていた
国道6号④

福島第一原子力発電所がある町へ・・・・・
国道6号⑤

バリケードバリケードバリケード・・・・・・・・・・・・・・
国道6号⑥
国道6号⑦
国道6号⑧
国道6号⑨

ほんの1~2㎞先には・・・・・・・
国道6号⑩

40年先と言われる廃炉へ向けて作業をしているであろうと思われるおびただしい数のクレーン(重機)が肉眼ではっきりと捉えらることができた。
国道6号⑪
国道6号⑫

原発の建物と思われる建造物も・・・・・・  本来は、車を停めてシャッターを切りたかったのだが、停車することは一切許されない道路。と言うより、帰還困難区域内の国道6号線沿いには、停車できる場所もUターンできる場所も皆無に等しかった。なぜなら、道路のすぐ脇が全てバリケードバリケードバリケード・・・・・・ 車内からの撮影は苦難を要し、実は、この写真はこの区域を2度往復し撮影したもので・・・・・車内の放射線測定器の異常なまでの警戒音がこうしている今でも耳から離れない・・・・・・・ 
国道6号⑬

近くには、あの有名店もあったが入り口はもちろんバリケードで閉ざされており・・・・・・・・・
国道6号⑭

【帰還困難区域】の最終地点の町へ
国道6号⑮
国道6号⑯

あれから4年過ぎた今でも全町避難を余儀なくされている現実を、車内から嫌と言うほど目の当たりにした時間となった。それにしても、あれだけの高放射線量にも関わらず、たくさんの人たちが各所で『仕事』に従事していた。もちろん、目にすることができなかった原発では夥しい数の人たちが・・・・・・・・復旧復興を放射線と言う目に見えない驚異に阻まれている『特殊な被災地』 その言葉が頭の中をぐるぐるぐるぐる駆け巡っていた・・・・・・・・
鎮魂の祈り -2015年3月11日- 富岡町
ひとつの町の中で、今現在、【帰還困難区域】 【居住制限区域】 【避難指示解除準備区域】と三つに分断されている町、富岡町。我がクラブにもこの町から避難してきているお子さんが今もおり・・・・・・・

昨年も訪れた我がクラブゆかりの地へ。(あの日まで、低学年の冬休みの毎年恒例の合宿場所で・・・)見た目には、最高の人工芝のグランドも・・・・・・
富岡町①

放射線測定器の恐ろしいほどの数値。1年前と全く変わらないもので・・・・・・
富岡町②

昨年には無かった仮設のトイレが駐車場に設置されていた。誰が使うの?と思ったのだが、昨年全町が帰還困難区から上記の3つの区域に再編されたため、一時帰宅する人たちが使用するのでは・・・・・と思ったが、実際は・・・・・・・
富岡町③

こちらも昨年訪れた富岡駅。ここが駅であったと言う姿形は朽ち果てたレールからしか想像できないものとなっていた。
富岡町④
富岡町⑤
富岡町⑥

しかし、駅周辺の様子は・・・・・・・・・・・・・・
富岡町⑦
富岡町⑧
富岡町⑨
富岡町⑩
富岡町⑪
富岡町⑫
富岡町⑬
富岡町⑭
富岡町⑮

しかししかし、居住制限区域・避難解除区域と呼ばれる地区では、懸命な『除染作業』がそこかしこで施されていた。
富岡町⑯
富岡町⑰
富岡町⑱

しかししかししかし・・・・・その作業に伴う「放射線廃棄物」の量は、それはそれは尋常なものではなかった・・・・・・
富岡町⑲
富岡町⑳
富岡町21

道路に無造作に置かれていた廃棄物の袋に、なぜか虚しさが込み上がってきた・・・・・・・・・・
富岡町22

それでも確実に復興の足音が聞こえてきている!そんな気がした。途方もない時間を要することは間違いないが、この花を、町民の人たちが(我がクラブにいる子も含めて)平穏な気持ちで眺めることができる日がくることを願わずにはいられなかった。
富岡町23

その日が来るまで、どうかいつまでも芽を膨らませ花を咲き続かせていてほしい・・・・・・・・・・そう願っています。
富岡町24
鎮魂の祈り -2015年3月11日-  楢葉町~Jビレッジ~広野町
昨年訪れた時には店が全てベニヤ板で封じられていたコンビニエンスストア。今回は・・・・・とても活気に溢れ、その様子を見ていてなんだかとって嬉しくなった。ただし、利用している人たちのほとんどは居住区員でなく復興復旧に携わる作業員ばかりだったが・・・・・それでも・・・・・・・
ファミマ復活!

昨年まで、放射線スクリーニングが設置されていた駐車場にオープンした仮設商店街。
※スクリーニング検査とは、身体の表面における放射性物質の付着の有無を確認する検査のこと

スーパーと二つの食堂とトイレが設置されていた
楢葉町①
楢葉町②
楢葉町③

ここで昼食をとった。イカ下足丼&たぬきうどん定食580円。店内には、やはり作業員とおぼしき人たちがたくさん・・・・そんな作業員に混じって警戒区域を見まわる警察官の方もたくさんいて・・・・・・そんな警察官と相席して食べた昼食は、喉の通りも悪く・・・・・(苦笑) 店内には、ここを訪れた方々からの無数のメッセージが壁一面に貼り出されていた。
楢葉町④

食事を終え、更に南下。東京オリンピックの合宿地を目指し、元の姿に・・・・・・・お偉いさん方がそう言って憚らないあのJビレッジへ到着。現在の姿は・・・・・・・
Jビレッジ①

相変わらず、膨大な数の作業車が・・・・・・・・これで数年後、本当に元の姿に戻るのだろうか・・・・・・
Jビレッジ②
Jビレッジ③

天然芝のすばらしいピッチも見るも無惨な状態のまま・・・・・・・・
Jビレッジ④

本当なら、娘がここで暮らしていたであろう元JFAアカデミー福島の女子寮に今年できる限り近寄って見ると・・・・・(昨年は遠くから眺めただけだったが・・・・)
Jビレッジ⑤
Jビレッジ⑥
Jビレッジ⑦

現在のこの施設の住人!?は・・・・・・・・
Jビレッジ⑧

それでも玄関ロビーと思われるフロアーには、夢を追い続ける子供たちへの熱きメッセージ!?が、あの当時のままに・・・
Jビレッジ⑨

自転車置き場も当時のまま。(それでも、かごが錆々になっているのを目にし4年と言う時の流れを痛感した。)この自転車に乗って、なでしこを夢見る少女たちは、意を決して親元を離れ、夢見る仲間と共に地元の学校に通っていたのだろう。また、学校から帰ってきて練習場までの移動に使用していたのだろう。かごの中に無惨に放置されていたヘルメットが、その当時のことを嫌がおうにも彷彿させ・・・・・・あの日あの時、どんな思いで子供たちはこの地をあとにし、この地を去っていったのだろうか・・・・・・その当時、この寮に住んでいた子供たちも、今年3月、6ヶ年のアカデミー福島での課程を修了し更なる飛躍を求めて、それぞれの道へ旅立っていった。(先日その様子が日本サッカー協会ホームページに記載されていた) 彼等彼女等の輝かしい未来を祈願するのみである。もちろん、我が娘の未来も・・・・・・・・・
Jビレッジ⑩

寂寥感に包まれJビレッジを後にし目に飛び込んできた光景。Jビレッジそばの「ふたつぬま公園」では、たくさんのお年寄り達が、グランドゴルフに楽しそうに興じていた。(昨年には見られなかった光景) Jビレッジでみた光景も、この光景も同じ今の福島の現状。歓声をあげながら今この瞬間を快活に生きるその姿に、寂寥感が一気に払拭された・・・・そんな気分となった。
ふたつぬま公園

平成27年度4月から開校する『ふたば未来学園」』

「2011年(平成23年)に発生した東北地方太平洋沖地震およびこの地震によって発生した福島第一原子力発電所事故によって双葉郡の高等学校はサテライト校として県内各地8校に分散しており、教育に困難が生じている。双葉郡8町村では、困難な状況を乗り越え復興を実現する鍵は人材育成にあるとの考えのもと、「双葉郡教育復興ビジョン」を2013年7月に取りまとめた。そしてビジョンの柱の一つである中高一貫教育について、まず先行してふたば未来学園高等学校が2015年(平成27年)に開校する。なおサテライト校は本校の開学をもって休校する予定である。」

平成30年、新校舎が完成するまで、現在の広野町立広野中学校校舎を本校舎として利用し使用されるとのこと。 
広野町ふたば未来学園(広野中)


復興への足音が、微かだが、でも、確実に響き渡ってる! そう体感した時間となった。
鎮魂の祈り  -2015年3月11日-  いわき市四倉~豊間
国道6号線を南下に南下を重ね、いわき市へ突入。これまで目にしてきた地とは明らかに違い、目に見える復興がそこかしこに繰り広げられていた。

立ち寄ったとある魚店。店主とその奥様と話し込むこと十数分!?何を話していたかと言うと・・・・・・魚の話!?

「ここは津波の被害にあわなかったんですか?」

「もちろん被害にあったよ。店の天井まで波が押し寄せて波が貫通していったよ。それでも店自体は何とか持ちこたえることができて、リフォームして再開にこぎつけた。でも、隣の家は全て持って行かれて今では更地になってるけどね。(そう指さして見せてくれた場所は確かに・・・・)」

「ご自身たちは大丈夫だったのですか?」

「津波が来る!そう思ったから、すぐに山の高台へ車で避難したよ。最初の頃は、車も渋滞していなくてスムーズに移動できたけど、そのうち大渋滞になって、その車に乗ったまま津波でさらわれてしまった人もたくさんいた。何よりこの辺で亡くなった方の多くは、津波を見に行った人たちだった。当初は、3~4Mの津波の予想だったから、そんな波を見たことがないから物珍しくて海に見に行った人がたくさんいたんだね。そしたら、そんな予想を遙かに凌ぐ波が来ちゃって・・・・・・」

魚を購入するつもりで立ち寄ったお店で聞かされたあの時の生々しい惨状。言葉が出なくて、ただただそのお話に耳を心を奪われ・・・・・・・・

許可を頂き、お店の写真を撮らせて頂くと、

「津波で柱がこんなにずれてしまったんだよ。どうせならこれも撮っていきな。」と言うわけで・・・・・

「来年また来ます!」  

「またおいで。待ってるから。」

貴重な時間となりました。
いわき市四倉①
いわき市四倉②

復興して前進するお店がある一方で、波に全てをぶち抜かれたお店も廃墟と化して点在しているのも現実で・・・・・
いわき市四倉③

それでも確かな復旧復興の足音が・・・・・・・・昨年訪れた時には建設中だった『復興災害住宅』が出来上がり、たくさんの人たちが入居していた。この地には、こういった場所が無数に点在していた。
いわき市豊間①

昨年まで、立ち入りができた福島県内で津波の被害を最も受けた地区と言われる豊間地区の薄磯海岸。今年は、防波堤の工事のため立ち入ることができなかった。これも復旧復興への一歩かと・・・・・・・
豊間②
豊間③

ただし、今までは海に献花していた人たちも立ち入りができなくなったために・・・・・・・・
豊間④

2015年3月11日 14時46分の福島の『青い空』と『青い海』   平穏以外の何ものもそこには存在していなかった・・・・・  
豊間⑥
豊間⑤

『福島魂』を胸に秘め・・・・・・・『がんばろう福島!』 『VAMOS福島!』の決意を新たに・・・・・・・・・・
豊間⑦


あれから4年が過ぎ、5年目の第1歩の今日。

たくさんの人たちが、今この瞬間も、確実な復旧復興に向けて苦難な仕事に従事している。

そして、何より、たくさんの人たちが、故郷を思い、故郷に思いを馳せ、故郷に・・・・・それでも今を懸命に生きている。



自分のできることは・・・・・・・・・・・・・・・


福島のみならず被災地の全ての方々に一日も早く平穏な日々が訪れることを願いながら、自分でのできることに精一杯尽力していこう!それが自分の・・・・・・・・・・・


がんばろう福島! がんばろう東北! がんばろう日本!
決して風化させない ~時が止まった町~
このブログは、2014年3月11日、今から1年前の『3.11東日本大震災追悼の日』に、津波の被害にあった、そして今尚、原発事故の影響により多大な被害を受けている県内の浜通り地域を訪れてきた後に掲載したものです。

いち福島県民の目から見た、ほんのほんの一部にしか過ぎない福島の1年前の現状です・・・・・・・・・





地元白河市で、あの日、地震による土砂崩れで若き命を奪われた娘の友人に祈りを捧げて始まった今日一日(今ではすっかり更地になってしまったこの場所が、3年前まで住宅地であったことなどこの光景からは想像もできない)
娘の友人の祈り

先月22日、3年ぶりに開通した常磐道を通り富岡町へ  途中懐かしき看板が
常磐道開通

しかしこんな測定器が高速道路上に
高速放射線計

1年前には入れなかった富岡町 1年経ち入れたものの、町は期間困難区域と居住制限区域に分断され……
懐かしきキャンプ

この町は、クラブの冬の恒例行事であった低学年のキャンプ地  そこは今……
グリーンフィールド3

このロッジで過ごした我がクラブの子供たちは数知れず・・・・
グリーンフィールド2

この公園でも遊んだ子供たちも数知れず・・・・
グリーンフィールド1

このグランドこそがキャンプ時のホームグランドで・・・何も変わっていないように見えたのだが・・・
懐かしきグランド1

放射線量を測定してみると驚くべき数値が・・・・
懐かしきグランド2


原発のある大熊町には許可証がなければ入れず・・・
立ち入り禁止区域2

原発まで10数㎞ やはり放射線量は見るも忍びないもので・・・・
放射線量2

この数値では復興しようにも復興ができないのが現状  まさにあの時から時が止まった町であった
富岡駅


海に近い富岡駅周辺は まさに3年が過ぎても手つかずのままで・・・  もちろん原発事故の影響が全てで・・・
富岡駅前1

富岡駅前2

富岡駅2

富岡駅周辺

あの時のまま1

あの時のまま3

ずっとずっと以前に富岡町の大会に参加した時に一度だけ泊まったことのあるホテルもこんな姿に・・・
あの時のまま2

あの時のまま7

あの時のまま8

折れ曲がった電柱も朽ち果てたままで・・・・
あの時のまま6

消防団の車が見るも無惨な状態に・・・最後の最後まで津波からの避難を呼びかけていたのだろう・・・
あの時のまま5

漁船も打ち上げられたままで・・・・原発事故さえなければ他の海沿いの被災地同様、既に撤去されているはずなのだが
あの時のまま4

海岸では未だ行方不明の方の捜索が行われていた
懸命な捜索

学校の体育館には卒業式のための紅白幕が・・・2011年3月の卒業式のための・・・・
学校はあの時のまま

町中には、あちこちにこんな看板が・・・・
富岡町の看板

町のシンボルのひとつであったろう今は無人の富岡高校にはサッカー部の全国大会をお祝いする横断幕が掲げられていた
富岡高校

富岡町の一日も早い復興を!!
富岡は負けん!

富岡町を後にし一路南下  途中、昨年は雑草が伸び放題だった線路が綺麗になっているのを目にしたり
綺麗になった線路

しまっていたコンビニが再開店していたり
セブン再開

しかし 道路脇のあちこちに廃棄物(除染で出た物)の山が・・・・
仮置き場

はたしてこの物達の今後の行方はどうなるのだろうか・・・このことは除染作業が繰り広げられている福島県全域で言えることで・・・
仮置き場2

あのJビレッジは一体・・・・
Jビレッジ入り口

やはり1年前と何ら変わらずこの姿・・・現在原発事故終息作業のための拠点となっているのだが、聞くところによると2020年の東京オリンピックには合宿地として使用するため、以前の姿に戻すとお偉いさん方ははりきっているようだが、原発間近にあるこの施設を使う国が果たしてあるのだろうか・・・・・・
Jビレッジ

Jビレッジグランド

こんな事故さえなければ我が娘もここ福島にあるすばらしいサッカー施設内にあるこの寮に住んで
アカ女女子寮

ここで練習して
アカ女練習場

夢に向かってまっしぐらだったろうに・・・・
目指せなでしこ看板

しかし、先程届いた彼女のラインには・・・・

「今日で3年。早いものだね。あの日のことは忘れられない。黙祷したよ。必ず夢を叶えて福島の東北の代表として頑張る!」

との力強い言葉が記されていた。夢は見るものではなく叶えるもの! その日が来るまで、どんなに離れていようとも応援し支え続けていくよ!!


Jビレッジを後にし更に南下  娘もそして我がクラブのたくさんの子ども達がいわき市での大会で常宿にしお世話になった平ユースホステルは完全にその姿を消していた
平ユースホステル

いわき市は現在避難されている方々が大変多くこのような住宅がそこかしこに建設中とのこと
災害復興住宅1

災害復興住宅

今日の海は一面青々として大変穏やかであった
この海が…

ただし あの時の海は・・・・全てを呑み込んでしまった
今

砂浜には貝殻に混じって住居の残骸があちこちに・・・・
貝と瓦

大海原に向かって読経をあげる人たちの姿は筆舌にし難いものがあった
祈り

福島の、東北の一日も一日も早い復興を
献花

できることは微力でも積み重ねていけばその力に少しはなれると信じている!
福島魂



今日一日で目にしたこと、肌で感じたこと、肝に銘じたことetc この福島で生きることを許された人間として精一杯尽力していこう! そう思っています。

※本来なら今回掲載した写真は撮影してはいけないものもたくさんあったと思います。しかし、福島の今を何としてでも伝えたい・・・心が抉られる思いをしながら様々な被写体にカメラを向けました。ご理解頂ければ幸いです。



と言うのが1年前のブログでした。



明日、3月11日、上記に訪れた地ほかに赴き、1年が過ぎた『福島の今』を五感を通して体感してきたいと思っています。格段に復興を遂げた!残念ながらそのような光景を目にすることは難しい・・・・そうは思っていますが、少しでも多くの復興への歩みをこの目で見つけることができたら・・・と思っています。

もちろん、私のような一般市民がそのようなことをしなくても、各種報道機関(テレビ、新聞等々)による映像、記事etcで現状を理解することは容易なことであることは十分理解しています。しかし、私は私の目で、私の体を通して、『福島の今』を見て、様々な思いを心に期し、あれから4年目の一歩を歩んでいきたいと思っています。


「水曜日(11日)の練習を休みにしたのは、監督がまた被災地に行くからなんですよね。」

先週日曜日の大会の帰り道に、○○君に言われた言葉。


練習を休みにしてまで・・・・・・そこまでしなくても・・・・・・・賛否両論あること十々承知していますが、『東日本大震災追悼の日』 を福島県人として、21世紀の福島の未来を担う多くの子供たちに関わる者として、この行動をとることが大きな責務である! 自らに課した命題を自らの意志で自らの足で成し遂げさせて頂きたいと思っています。


そしてそこで抱いた想いをしっかりと心に秘め、また翌日から、微力ではありますが、自分のできることに精一杯尽力していこうと思っています。


あれから4年、福島の今は・・・・・・・・・・・・・・・
仕事
先週末、幼児~小学2年生までのサッカー大会(室内)を開催しました。今年で21回目。この大会の第1回目に参加した子供たちは、既に大人???

初めて開催した当時は、30代だった私も、今では50代! 既に・・・・・何?????(苦笑)

ここ数年、大会等々が重複しこの大会は別スタッフに任せることが多かったのですが、今年は・・・・・・・

「サッカーの原点がここにある!」

たくさんのチビッコサッカー大好きっ子たちの様子を見ていて、改めてそのことを感じた1日となりました。

「得失点差1で優勝を逃して超悔しい~! 来年は、絶対に優勝するぞ~!!」 キンダーカップに保育園の全面協力のもと(この大会を保育園の年間行事に取り込んで頂いています)毎回参加して下さっているS保育園の園長先生の言葉と表情がとても印象的でした。

「1年前は、全然ボールも追わない○○でしたが、1年が過ぎ、とっても躍動する姿を目にして、親ばかながら、子供の成長をひしひしと感じることができました! これからもお世話になります。よろしくお願いします!」 クラブ保護者から頂いたメール。

これからも原点を大切にして、一人一人の子供たちの歩みを大切にして、真摯に関わっていこう!と思っています。また来年お会いしましょう!!(笑笑)





話しは変わりますが、昨晩、先日高校を卒業した我が次男が、帰ってくるなり、「腹痛~!」 「気持ち悪~!」の大絶叫!(苦笑) 珍しく!?夕飯も食わずに、「寝る」と言い残し自室へ。部屋から何やら奇妙な唸り声!?が聞こえていたのですがそのうち・・・・・・・「えっ!?」と思い部屋を覗き込み、「大丈夫か?」と問うと、虫の鳴くような声で、「大丈夫・・・・・かも」と言うので、そのままにしておいたのですが・・・・・・・・

夜中2時前頃に、「だめだ~!」 「やばい~!!」 とトイレの中から唸り声!!

と言うわけで救急外来に電話をし、病院へ行くことに・・・・・・・・・・・吐き気止めの点滴を約1時間半ほど処方して頂き、朝4時過ぎに帰宅。その間、私はと言うと、待合室で・・・・・・・・・・・・

原因は? 病状は?  食中毒か何か!?と思っていたのですが、定かではないが胃腸炎ではとの診断を受け・・・・・・・

あれだけヒーヒー言っていた者が、一夜明けたら、あの騒ぎは一体何だったの?と言った状態に・・・・・・・


と言うか、別に我が愚息の我が家の動向を報告するつもりでこんなことを書いているわけではありません。


点滴が終わるまでの待合室での1時間半、横になってバタンキュー・・・・・だったわけではなく、いろいろな病院関係者の人たちを見ながら『仕事』について沈思黙考!?しておりました。


よくも自分の息子が苦しんでいるのに、そんなことを!!(怒)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(泣笑)


眼を充血させながら診断をするお医者さん、立ちながら瞬間寝ている!?看護婦さん、救急入り口で門番!?をしながら椅子に座って眠気と格闘!?している警備員さん、救急車で運ばれてきた患者さんの様態を確かめるために自宅にいる医師に「夜分遅くにすみません。今○○さんが運ばれてきたのですが・・・・」と看護婦さんが電話。(待合い室のすぐそばで電話をしていたので聞こうとしなくてもその声が耳に入ってきて・・・) 夜分遅く? 時刻は夜中の3時過ぎ。それが夜分遅く??その電話に対応しているであろうお医者さん、顔も声も聞こえないけれど・・・・・  深夜3時半過ぎ、大量の新聞を抱えて病院に入ってきた新聞配達員のおじさん?、いや、おじいさん!? 病院の外に出るとちらっと見える高速道路では、何台ものトラックが行き交い、高速バスが走っていて・・・・・・・・治療を終え、帰りに寄ったコンビニで朝4時過ぎに黙々働いている定員のおばさん!?・・・・・・以前に、山の中で道路工事をしている場所があり、真夜中にも関わらず、一人電飾棒!?を持って交通誘導をしている警備員さんを目にしたことが・・・・・・・・・



上手く言えないけれど、世の中には、たくさんたくさんの仕事があるわけで、それらどれひとつを取ってみても、欠かすことのできない仕事なわけで、その仕事に従事する人がいなければ、世の中は大変なことになってしまうわけで・・・・・・・・・


生計を立てるため、魅力を感じるから、好きだから、何かの目標を達成するために・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


『仕事』って・・・・・・そんなことを日曜日深夜? 月曜日早朝? に思いを巡らせたお話しでした。


あんたって本当に暇なんだね!


なんとでもおっしゃい!!(怒笑)  


自分の今している『仕事』は・・・・・・・・・・・・・・・・・・


今日もたくさんの子供たちに関われる喜びと責任を噛みしめながら仕事をして来ようっと。行ってきます!!
786人中1人
日本サッカー協会は3月5日、日本代表監督を辞任したアギーレ監督の後任として、ボスニア・ヘルツェゴヴィナ出身のバヒド・ハリルホジッチ氏(62歳)と合意したと発表した。

ハリルホジッチ氏はユーゴスラビア代表のフォワードとして、1982年のワールドカップ・スペイン大会に出場。監督としても2014年ブラジル大会でアルジェリアを率いて、優勝国のドイツに延長戦まで粘り称賛を得た。2001年にはフランスリーグで最優秀監督に選出され、クラブレベル、代表レベル双方で実績があるのが強みだ。同じボスニア・ヘルツェゴヴィナ出身の元日本代表監督、イビチャ・オシム氏との親交も深く、オシム氏が日本協会との交渉のパイプ役になった可能性が高い。

ブラジル大会では4試合、すべて違うフォーメーションで戦い、相手に応じた柔軟な戦術を採っており、基本的に同じ戦い方を継続したアルベルト・ザッケローニ前監督とは対照的。素早い攻守の切り替えと、シンプルに縦に早く攻めるスタイルが持ち味だ。




私のようないち少年サッカー指導者が、あまりにも早い日本代表監督交代劇に関して、代表監督人選に関して、あ~だこ~だと論じることは厳禁至極! とにもかくにも、サッカー大好きっ子たちが憧れてやまない日本代表として存在価値を高めて頂けるようにして頂きたい! そう期待するのみである。お手並み拝見!!

それにしても、早口言葉で3回この監督の名前を唱えよ!と言われたら、「赤巻紙青巻紙黄巻紙」よりはるかに難易度が高いものになるはず!!(笑)


いよいよ明日3月7日より2015Jリーグ(J1リーグ戦)が開幕する。今年は、2004年シーズン以来11年ぶりに2ステージ制が導入され、Jリーグチャンピオンシップ(仮称)により年間チャンピオンを争う形式となる。

残念なことだが、個人的には熱狂的に応援するチームはないが、未来のJリーガーを目指すサッカー大好きっ子たちがテレビやライブ観戦を通してサッカーの魅力を大いに体感し、そして、すぐにまねしたくなるような魅惑的なプレーの数々をどの試合でも披露して頂きたい!そう期待するのみである。お手並み拝見!!(何だかどこかで聞いたことのあるようなフレーズの気が・・・・・・あっ、さっき使ったばかりだった!!<苦笑>)




ところで、2015サッカー開幕を祝して!??こんなデータをとってみました。

それは何かと言うと・・・・・・・・

先日、新聞を見ていたら、『2015J1リーグ選手名鑑』が掲載されていて、J1リーグ所属18チームの全選手の個人情報(年齢やら身長体重やら前所属チーム等々)が記載されていました。その中に、【出身地】の項目があり、それを見ていたら、どの都道府県出身の選手が多いのかむしょうに気になり出し、紙に47都道府県を書き出しその脇に正の字を書いて・・・・・・今年度の登録選手総計533名。それを一人ずつチェックしていき・・・・・・・・


あんたは相当な暇人だね!!


何とでもおっしゃい!! そんな人には苦労に苦労を重ねて得た結果を教えません!!  このブログはこれ以上読まないで下さい!!(苦笑笑)


結果は下記の通り。

第1位 東京都 52人・第2位 神奈川県 49人・第3位 大阪府 38人・第4位 静岡県 37人・第5位 埼玉県 36人・第6位 千葉県 29人・第7位 兵庫県19人・第8位 福岡県 17人  以上が8位入賞となりました!(笑)

ちなみに、10名以上のJ1リーガーを輩出している都道府県は、上記含めて14ありました。逆に、輩出0の都道府県は3でした。また、外国籍の選手は、59名で、内ブラジル人が33名で断トツ、2番目は韓国人15人でした。


同じく、女子バージョンも調べてみました。(男子のJ1リーグに該当するものが女子ではなでしこリーグ1部になるので、2015年そこに所属する10チームを調べてみました。)これは新聞には掲載されていなかったので、インターネットで1チーム1チーム毎のホームページから選手名鑑を探し出し調べました。これは相当苦労しました。

本当に暇人!!

自分でもそう思いました!(泣泣笑)


2015年、今年度のなでしこ1部登録選手は、253名。(正確を期したつもりですが、もしかしたら若干の相違があるかも知れません。あくまでも個人データ収集と言うことでご勘弁下さい。)

第1位 神奈川県 29人・第2位 東京都 25人・第3位 千葉県 19人・第3位 埼玉県 19人・第5位 大阪府 12人・第6位 兵庫県 11人・第7位 愛知県 10人・第8位 鹿児島県 9人  以上が8位入賞となりました!(笑)

ちなみに、輩出0の都道府県は10でした。また、外国籍の選手は、4名(ブラジル・韓国・タイ・アメリカ)でした。


かくして我が福島県出身のJ1リーガー・なでしこリーガーはと言うと・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今回調査した男女786人中、なななんとたったの1名のみでした。

その選手は、アルビレックス新潟レディースチームの控えGKでした。(県北地方出身)



分かっていた!?予想していた!?こととは言え、なんとも愕然とする数字でした。

同じ東北地方出身の選手数(男女併せて)はと言うと・・・・・・

青森県7人・秋田県3人・岩手県5人・山形県3人・宮城県13人でした。

福島県に隣接する近県の人数は・・・・・・・・

新潟県9人・茨城県22人・栃木県13人でした。



このデータを分析してどうのこうのと言うつもりでこんな暇人しかできないような!?調査を黙々と行ったわけではないのですが、この現実はどう受け止めれば良いのかと・・・・・・・・・・・

絶対的な人口の違い、絶対的なサッカー人口の違い、Jリーグチーム・なでしこチームの有り無しetc

考えれば錐がありませんが、ここ福島でも子供から大人までサッカーを行う環境はそこかしこで整っているわけで、もっと言うなら、ここ福島でも 「サッカー選手になりたい!」 「なでしこJAPANに入りたい!」等 そんな夢や希望を抱く少年少女は多数存在しているわけで・・・・・・・・・・・



夢は見るものではなく叶えるもの!!



一人でも多くの夢が叶い、ひとつでも多くの希望が成し遂げられるように、今回得た貴重なデータ!?をしっかりと肝に銘じ、育成年代の指導者としてどうあるべきかを真摯に捉え日々子供たちに向き合っていきたい! 改めてそう思った次第です。


数字では表せないものがある! J2リーグやJ3リーグ、JFL、なでしこ2部リーグ、なでしこチャレンジリーグを調べれば、福島県の選手だっているはず!!


そんなことは分かっています。しかし日本サッカー界の最高峰のステージには・・・・・・・今回の話しは、あくまでも個人的な見解ですので、一般的な考えに広まることなどないと思っています。


ただし、ちょっと興味深い話しだったぁ、ちょっと刺激になる話しだったなぁ・・・・・そう2~3人の福島県の指導者の同士の方々が思ってもらえたら・・・・・・・な~んて思っているだけです。


おしまい! チャンチャン♪♪
いろんな思い(想い)
いろんな想い

 風化とは、長い年月をかけて、岩が砕けて石となり、石が砕けて砂になり、砂が砕けて塵となり、塵が風にのって飛散して消え去る。そういう現象のことを云います。

 それをもじって、心に刻まれたものが弱くなっていく様を世間では風化と呼んでいます。

 本来風化とは、何千年、何万年、何億年かかって塵となり飛散することを云うのですが、今の日本ではちがうようです。

 僅か4年前のあの原発事故。当時世界をあれだけ震撼させたあの悲劇の記憶が、当事国である日本の中で、こんなにも速くこんなにも脆く、早くも風化の様相を呈し始めていることに、僕は激しい憤りと悲しみを感じます。

 東京オリンピックを招致したい為に、この国の宰相が現在の状況を、アンダー・コントロールと、笑顔でぬけぬけと云い放つこと。

 メルトダウンの始末もつかず、核燃料廃棄物の処理の方策さへ見つからぬまま、政府が財界が、そして世論さえ、原発再稼働へ舵を切り、更には原発輸出さえ進もうとしている。

 この事故で死の淵へ追いやられた方、故郷を捨てざるを得ない方、今猶苦しんでいる福島の方々に、何と申しひらきすれば良いのでしょうか。

 我々富良野GROUPは、微力ながら少しでも福島に寄り添い、風化に対抗する一石を投じようと三年かかって小さな舞台劇をつくりました。

 それがこの『夜想曲-ノクターン』という作品です。

 一生懸命、真剣に創りました。

 小さいけれど我々の思いと感動をお届けできると自負しております。


今の日本の、愚かな風化を、少しでもくい止める意志のある方に、一人でも多く、観に来ていただきたいと思います。
みなさまの御協力、御尽力を、心の底からお願いいたします。

倉本 聰

【上記写真-ノクターンチラシ-の裏面に記載された倉本氏の想い】より




☆観劇後に倉本氏と交わした握手をした時の手の温もり、そして、年輪が刻まれたあの手の感触は生涯忘れ得ぬものとなりました。そして何より、「浪江から避難しているんです。」「富岡から避難してきているんです。」そう言いながら、涙を流しながら倉本氏と握手を交わしている年配の婦人2人の姿は、心の臓を突き刺すほどの感情が湧き上がってきました。と同時に、同じここ福島に住む者として、こう言った方々が無数にいる!そのことをしっかりと肝に銘じて生きていかねば!そう思いました。


がんばろう福島! VAMOS福島!!
あれからまもなく4年
50代になって・・・・・

景色が一変した!  体力が急激に撃退した!  食欲が何故か低下した!  欲が消えた! etc

などと言うことは、全~~~くなく変わり映えのない日常!(笑)

そんなの当たり前! たった3日しか過ぎてないんだから!!(苦笑)

しかし、いつの日かそんな時が・・・・・・・・・・・・・・・・(泣泣泣)  時の流れに身を任せ~~♪♪(苦苦笑)

『子供叱るな来た道じゃ  年寄り笑うな行く道じゃ』  

平成26年度も残り1ヶ月。最後までがんばるぞ~!!!





あれからまもなく4年・・・・・

もちろんあれからとは、3.11東日本大震災のことである。

この日が近くなるにつれ、メディアでは特集番組等々が組まれ放映報道される。

風化ストップ!!  そうとでも言わんばかりに・・・・・・・・・

被災地と呼ばれる場所以外では、既に【ed=過去形】、しかし、ここ福島を含め被災地ではまだまだ【ing=進行形】


自分自身の中では・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


先日、本屋に立ち寄った際に目に飛び込んできた2冊の漫画!? 原発に潜入した一人の漫画家のドキュメント。作者である竜田一人は、自称「売れない漫画家」であったが、東日本大震災を機に勤めていた会社を辞め、被災地のためになる仕事に就くことを決意。紆余曲折の末、2012年6月から約半年に渡り、福島第一原子力発電所で作業員として従事した。
この経験を元にしたルポルタージュ漫画作品『いちえふ 〜福島第一原子力発電所案内記〜』を執筆。ここ福島を奈落の底へ陥れた原発事故。しかし私のような一般市民には決して近寄れない場所、原発。40年先と言う途方もない長時間の廃炉に向けて、原発内部はどうなっているのか、知り権利と知る義務がある! 貪るように読んだ。

あれから4年①

福島県内ではメジャーな新聞の見開き2面に掲載された活字の嵐!? タイトルは、『福島第1原発事故政府事故調・検証委の調査詳報』 2日間にわたって、上下として掲載された。難解な専門用語の羅列であったが当時原発に何が起こっていたのか、当時原発で・・・・・・・・読まないわけにはいかない!知らないわけにはいかない! 老眼に鞭打って活字地獄と戦った。 

あれから4年②

あの倉本聰氏が被災地福島で取材を重ねて作り上げた舞台。震災、原発事故で甚大な被害を受けた相双地域が舞台。家族の死など心に深い傷を負った被災者の苦悩や葛藤、放射線の影響に直面する姿を書き下ろした舞台。2月~3月にかけて県内5会場で公演される。前作、『明日悲別で』の舞台を目にした衝撃から2年、これを見ないわけにはいかない!意を決してチケットを手に入れた。

あれから4年③



あれからまもなく4年。

この地に住みながら、あの時のことでまだまだ知らないことがたくさんある。

この地に生きながら、今この瞬間起きていることで知らないことがたくさんある。

世の中には、知らなくても良いこともたくさんあるだろうし、知ったところでどうすることもできないこともたくさんある! 百も承知のことである。

けれど、知って生きていくことと、知らずに生きていくことは、生きる意味合いが大きく違ってくる! そう勝手に思っている。 

被災地と呼ばれる同じ場所に住む者として、どちらの生き方を選択すべきか・・・・・・答えはひとつである。





先日、原発そばを走る高速道路が、首都圏から全面開通した。そのニュースに、県内の報道番組では、1時間の特番が組まれた。

まさに、復興復旧のシンボルがまたひとつ出来上がった! そう言わんばかりの祝福ムードがその番組から漂っていた。


かくして、本当にそうなのだろうか・・・・・・・・・


もちろん、言われていることを素直に受入れないわけではない。福島に住む者として、願いはひとつ!だから。


しかし素直に受入れることのできない疑心暗鬼に満ちたこの感情は、一体どこから生まれて来るのだろうか。





あれからまもなく4年。


福島の復旧復興に対する自分にできることは・・・・・・・・・・・出来うることを一日一日真摯に全うするのみである。

そしてその日がこの地に訪れるまで、決して風化させないことである。 

こんなブログでもその一翼を担えるものと信じている。